「音二郎さん!何か欲しいものはありますか?」
「あー…特に無いな」
「何でもいいんです!あんぱんとか今川焼きとかあいすくりんとか!」
「全部食いもんじゃねえか。つーか、それはお前が食いたいものだろ」
朝から同じような会話を何度も繰り返している。この会話に終わりがあるのか俺にはわからない。というか、終わりが存在する気がしないのは気のせいなんかじゃない。
はあ、と小さく息を吐き出した。
さて、どうしてこんなことになったかというと。
「音二郎さん!誕生日おめでとうございます!」
朝一番に芽衣が寝起きの俺にそう言った。
「おう、ありがとう」
「いえ、一番最初に音二郎さんにおめでとうが言えてすごく嬉しいです」
えへへ、とはにかむ芽衣はそれはもう可愛くて。今すぐ布団に押し倒してやろうかという衝動を何とか理性で抑え込んで、俺は芽衣の頭を撫でた。
「…それでですね、プレゼントなんですけど。
音二郎さんが喜ぶものは何なのか鏡花さんにも相談したりして色々考えたんです」
そこで芽衣は言葉を切って、少し困ったような表情を浮かべた。うん、その顔も可愛い。
「結局思いつかなくて、それで音二郎さんに直接聞こうという結論に至ったんです」
「ほーう」
「だから、何か無いですか?欲しいもの」
「……うーん、小道具も化粧品も今は足りてるしなあ」
「牛肉とか、馬刺とか」
「それを食いたいのはおまえだろ」
というわけで、朝から今に至るまでずっとこんな会話が繰り返されている。
「音二郎さん、本当に何か無いんですか?」
「あー、無いって。おまえのその気持ちだけで俺は充分だっての」
「うー…、それじゃあ私が嫌なんです!いつも私ばっかり音二郎さんに貰ってばっかりで、」
困った。
別に俺は何も貰わなくたって、芽衣が傍にいてくれればそれでいいんだけど。
しかし、芽衣はぼんやりしているようで中々頑固な性格だから俺が折れるまで絶対に引かないだろう。
「…だったら、おまえの人生をくれ。おまえのこれから先の未来を俺にくれよ」
そう言えば、芽衣はでかい目を更に大きく見開いた。
それから、口を尖らせて、ぽつりと呟いた。
「……私はとっくに私の人生も未来も、音二郎さんに全て捧げたつもりだったんですけど」
拗ねたように呟く芽衣の頬は、真っ赤に染まっていた。
ーああ、もう、世界はなんて素晴らしいのだろう。
愛しい人を愛せて、愛してもらえるこの世界が、何よりも愛おしい。
「…おまえ、それはずるいだろ」
「…音二郎さんだって」
そう言って、それから俺達は目を合わせて笑いあった。
音二郎さん、誕生日おめでとう!