「私って馬鹿なんでしょうか」
目を真っ赤にして、頬には涙の跡を残して、彼女は呟いた。
「…今更気付いたの?」
「……本当に、今更ですよね」
すん、と鼻を鳴らして、彼女は涙で滲んだ瞳を手の甲でごしごしとこする。
「……どうして、好きになっちゃったのかなあ…」
小さな唇から言葉が零れ落ちた。
それから、ぽろりと蜂蜜色の瞳から涙が流れた。
「…無理だって、わかってたんです。鴎外さんは、私のことを好きにならないって、わかってたんです」
ぽろぽろと次から次へと溢れ出す雫。
さっきも散々泣いていたくせに、よくもまあ、まだこんなにも水分が残っているものだ。
涙は、枯れないものなのか。
静かに泣きじゃくる彼女を見つめて、俺は呟く。
「だったら、俺を好きになったらいいじゃないか」
俺の言葉に、彼女は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。ああ、もうなんて酷い顔。ああ、でもどうしてこんなにも彼女が恋しいのだ、俺は。
蜂蜜色の濡れた双眼が静かに俺を見つめた。
それから、彼女はその泣きはらした顔のまま、小さく笑った。
「…それでも、私は鴎外さんが好きなんです」
彼女の言葉と同時に、ひどく胸が痛んだ。
俺だって、わかっているのだ。
その想いが報われることなどなくても、彼女は鴎外さんを想い続けていることを。
それでも、俺は彼女を諦められない。
彼女が鴎外さんを諦められないように。
涙を流しながらも、彼女は笑う。俺は、それを見て苦しくなった。
(馬鹿なのは、俺も一緒だね)