せつな 



そっと額に口付けを落とされる。

「…鴎外さん…」

月光が窓から差し込んで鴎外さんの端正な顔を照らした。

「…芽衣」

彼は、それはそれは綺麗に笑っていた。

それを見て、私は何だか胸が締め付けられるように痛くなって、苦しくて、鴎外さんの胸にしがみついた。
彼は何も言わずに、当たり前のように私を優しく抱き締めて背中をゆっくりと撫でた。

「…鴎外さん、鴎外さん、」
「なんだい?芽衣」

穏やかな声が、私の鼓膜を優しく揺さぶる。
ああ、私はこの温もりや声を決して手放したくないのに。

月は、もうすぐ満ちようとしていた。

私は、私が生きてきたあの場所へ帰らなければいけない。

「……鴎外さん、ごめんなさい、」

何に対する謝罪なのか。
それは、私自身にもよくわからなかった。

「……芽衣、」

鴎外さんはしばらく私の背中や髪を静かに撫でていたけれど、やがて口を開いて私の頬をするりと撫でた。
顔を上げると、黄金色の瞳が私を見つめていた。

「…おまえは、自由に生きなさい」

そう言った鴎外さんは、やっぱり綺麗に笑っていた。

「……っ、」

彼の笑みや体温や声や言葉に何だか泣きたくなって、一層強く私は鴎外さんの胸にしがみついた。

彼の想いを受け止めるには、私はまだ幼くて、弱すぎたのだ。



(だけど、今だけは貴方を感じていたい)


 
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