拝啓、如何お過ごしでしょうか 


あの頃の私は、何も知らない無力なただ一人の少女であった。


かつて、京の都に存在した、浅葱色の狼達。
彼等は最期まで武士らしく、『誠』を貫き散っていった。

「…随分と、私も歳をとったものですね」

春の陽射しと、心地好い暖かな風が私の頬を優しく撫でる。
庭の桜は、今日も繚乱と花を咲かせている。

縁側に腰を下ろして、ぼんやりと春風に吹かれ散りゆく桜の小さな花弁を見やる。
それから、自らの両手へと視線を落とした。

昔と比べると、随分と皺が増えた。
それはこの両手だけでなく、顔だってそうだ。
この身体に刻まれた皺の数が、私が生きてきた長い時を映し出している。

「皆さんは、如何お過ごしでしょうか」


私がまだ少女であった頃、私は浅葱色の狼達と出逢った。
彼等は強く悲しく優しかった。
私は、彼等に憧れにも近い想いを抱いていたのだ。

あの狂乱に揺れた時代に呑み込まれるように、彼等はいなくなった。
彼等は、もう何処にもいない。


「…独りの時間は、とても長いものでした。皆さんと過ごした時間が、あの場所が、とても楽しくて、だから余計に独りは苦しくて苦しくて、どうにかなってしまいそうでした」

彼等がいなくなった後に、私は独りぼっちで新たな明治の世を今日まで生きてきた。

「…独りは、もういやです」

まだ幼かった私には、独りで生きていく時間はあまりにも長過ぎた。

彼等を憎んだこともあった。
何故、私は独りだけ残して逝ったのだと。
何故、私も一緒に連れていってくれなかったのだと。

あの狂おしいほどに愛しい彼等との時間を思い出す度に、私はどうしようもなく苦しくて悲しくて仕方なかった。


はらり、と静かに小さな花弁が舞い落ちる。

私の心は、今ひどく穏やかに凪いでいた。

「…こうして、皆さんよりも年を重ねていくうちに、私思ったんです」

私が生き残った理由は、きっと彼等の志とその『誠』を次の時代へと遺し、繋げていくこと。

彼等の生きた証を、遺すこと。

「…私、皆さんのことが大好きです。今も、昔も、ずっと」

その言葉と共に、一際大きな風が吹いた。
薄紅色の花弁が、青い空へと吸い込まれていく。

…ああ、なんだかひどく眠い。

彼等によく似たあの花をいつまでも見ていたかったのだけれど、襲い来る眠気に勝てずに私はゆっくりと瞼を下ろした。


今日は、穏やかな春の日でした。



(花曇りの下、迎えた最期はあまりにも美しかったのです)
 
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