貴方が思うよりずっと世界は美しい 


思っていたよりもずっと、彼女は小さかった。


抱き締めたその身体は、僕が少しでも力を入れたら壊れてしまいそうで。
その肩も、白い首も、うなじも、華奢でか弱い。

こんな小さな身体で、彼女はたった一人の肉親を探すために、独りで京の都へやって来たのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
こんなにも小さくて、まだ若いこの少女が、僕達に巻き込まれて、こんな場所に閉じ込められている。
本来ならば彼女は好いた男と結ばれて、普通の女としての幸せを手に入れているはずなのにーー

「…僕が、君を逃がしてあげようか?」

気づいたら、言葉が零れていた。
抱き締めた柔かな曲線を描いた薄い肩が、ぴくりと動いた。

「僕が君を逃がしてあげるよ。江戸へ、帰してあげる」
「沖田さん、」

この子は僕達に囚われる必要は無いんだ。
僕達が彼女を巻き込んでしまった。
僕達が、彼女の人生を滅茶苦茶にした。

「……君には、幸せになってほしい」
「……どうして、ですか」
「…君は、こんな血生臭い場所に居ちゃいけない。此処にいたら、君が汚れてしまう」
「………沖田、さん…」

彼女が僕の腕をほどいて、それから真っ直ぐに僕を見つめた。
琥珀色の深い深い色を宿した綺麗な二つの目玉が僕の瞳を覗きこむ。

「…私は、此処にいてはいけませんか?」
「千鶴ちゃん、」
「私は、沖田さんの傍にいてはいけませんか?」

するりと彼女の細い指が僕の頬を撫でる。
ずきずきと心臓のあたりが痛むのはどうしてなのだろうか。

「…………」
「…私は、此処にいたい。沖田さんの傍にいたいです、」
「…でも、」

此処にいたら彼女は幸せになれない。
僕の傍にいたら、彼女は幸せに、なれない。

「…沖田さんが、好きです」
「………だめだよ」

駄目だ。駄目なんだ。
僕は彼女を幸せにできない。
僕は彼女を此方に連れて来てはいけない。
いけないのに、

「……沖田さんの傍にいさせてください」
「…千鶴ちゃん」
「…私、幸せじゃなくたっていいんです。沖田さんの傍にいたいんです」
「ーーー」

気がついた時には再びその小さな身体を強く抱き締めていた。
微かな甘い香りが、ふんわりと僕の鼻孔を擽る。

「沖田さん、」
「…君って馬鹿だよ。本当に、」
「…自覚はしています」
「…折角、僕が逃がしてあげるって言ったのにさ」

ぎゅうぎゅうと柔かな身体を抱き締める。
思っていた以上に小さくて華奢な身体で、彼女は僕を愛そうとしてくれる。
それがひどくいとおしくて、なんだか泣きたいような嬉しいような気持ちが込み上げてきた。

「…もう、逃がしてなんかあげないからね」

耳元で囁けば、僕の背中に彼女の細い両腕がまわった。

「逃がしてもらうつもりなんて、最初からありませんよ」

穏やかな声の彼女はきっと、笑っているのだろう。

そして僕は初めてこの感情の名前を、「幸せ」だと認識した。



(世界はきっと、僕が思っていたよりは美しい)
 
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