俺と奴の奇妙な関係 



「俺に協力しなよ」
「………は?」

俺は突然過ぎるその言葉に、焼きそばパンをくわえたままフリーズした。

「いや、言い方が違うな…。井吹、俺に協力しろ」

にっこりと、女みたいに綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて、目の前の男ー薫はそう言った。

「…………は、」

いやいや、命令形にすれば良いとかそういう問題じゃないだろ、と頭の中でツッコミをいれて俺は目の前の奴の顔を見つめた。
たぶん、俺は今かなりまぬけな顔をしている。

「俺に協力しろ」

同じ言葉を繰り返す奴に、俺は数分前の出来事を脳内で思い出していた。



その日は、寝坊をして朝飯も食えず、昼飯を買う金も無い最悪な日だった。
うるさいくらいに腹を鳴らし続ける俺を見て、声をかけてくる人物が一人。

それが奴、薫だった。

奴は俺のクラスメイトである学園唯一の女子、雪村千鶴の双子の兄だった。
双子だけあって、二人の顔はそれはもうそっくりで。
しかし、平助曰わく「性格は全く正反対」と苦い顔をしていた。

学園唯一の女子である雪村のことが心配なのか、奴は頻繁にクラスを訪れていた。
その時の印象は良く言えば妹思い、言い方を変えればシスコン。
雪村にベッタリで少し狂気じみたものを感じないでもなかったが、まあ雪村には沖田みたいなかなり歪んだ性格をした知り合いもいるから気にも留めていなかった。

そう、俺は奴と話すことは一生無いのだと思っていた。



「千鶴と同じクラスの井吹だろ?腹が減ってるなら俺が奢るよ」

そう言って奴は、ついさっき俺に話しかけてきた。

俺のことを知っていることに驚いたが、それよりも朝から空腹状態の俺には奴の言葉はとても魅力的だった。
平助はあんなこと言っていたが、実際は雪村と同じように優しい奴じゃないか。
そんな風に思っていた数分前の俺を馬鹿野郎と殴り飛ばしたい。

雪村とそっくりな綺麗な顔に天使のような笑みを浮かべて、しかも焼きそばパンまで奢ってくれた(ちなみに俺はいつも購買で一番安いあんパンを食べている)奴が俺には本当に天使のように見えた。

………実際は違ったが。


「ねえ、返事は?イエスかはいしか受け付けないけど」
「どっちにしろ、協力するしか選択肢は無いじゃないか!」
「当たり前だろ?おまえはもう焼きそばパンを食べたんだから」
「………協力って何するんだよ」

どうせ、ロクなことでもないだろうけど。
…つーか、こいつは本当に雪村の片割れか?
この高圧的な態度は何だろう誰かにすごく似ている。…ああ、そうだ沖田だ。

「おまえは千鶴と同じクラスだろ?だから、俺が居ない時に千鶴に手を出そうとする奴がいたらおまえが追い払え。特に沖田とか沖田とか沖田とか」
「………いや、無理だろ!!」

沖田なんかを追い払ったら何をされるかわからない。
その前に俺の命が危ない。

「……俺は、可愛い妹が心配なんだ」

長い睫毛を伏せて、憂いを含んだ表情で奴は言う。
…駄目だ、騙されるな俺。

「…井吹が協力してくれるなら、また次も焼きそばパン奢ってもいいよ。ああ、なんならコロッケパンだって」

駄目だ、駄目だ、騙されるな。
……騙されるな。
…………。
……。

「………わ、わかった」


俺が頷いた時の奴の表情を、俺は一生忘れないだろう。


天使のような顔をした奴は、とんでもない悪魔だった。



(…馬鹿は扱いやすいな)
(何か言ったか?)
(いや、じゃあよろしく。俺の可愛い妹を任せたよ)
(………)
 
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