雪に映えるその赤色や、雪と見まごうあの白色を、気高いと思ったのは一度きりではなかった。ただ、あの花の最期はいつ思い出したとしても何とも言えないだろう。花が丸ごと、落下する。まるで首がもげてしまったように。
高貴な花の最期は呆気ない。それはさながら誰のようだったか。

「私ね、あなたになら殺されてもいいと思ってるの」

いつのことだったか、彼女がぽつりと漏らした。誰に対する言葉ではなく、本当に独り言のように。

「人聞きが悪いねえ。いくら俺でも人間は殺さないよ。愛してるんだからさ。もちろん、それは君だって例外じゃないよ」

「愛ゆえにってことはないの?」

独り言に答えた俺に、目を細めて、眉を下げながら彼女が今度は確かに聞いた。微笑んではいたが、それは何処か泣きそうな顔にも見える。

「愛ゆえに殺すってそもそもどういう意味?殺して自分だけのものにしたいっていう支配欲所有欲から来るのかい?だと思ってるんなら馬鹿だね。俺はさ、生きてるからこそ人間は面白いと思うんだよね」

うん、そうだよね。と、彼女は泣きそうな笑顔で小さく呟く。彼女は随分と口下手というか何というか、無理をするタイプ。何か問題が起きたら自分一人で抱え込むタイプだった。
「私、素直じゃないね」と照れ臭そうに笑いながら、ソファにもたれかかる。

「臨也みたいに、素直に伝えられたらいいんだけど」

「じゃあ今やってみたらいいじゃないか。俺を練習台にしてくれて結構だ」

「え、そんな、いいよ。いい」

彼女が恥ずかしそうにブンブンと首を横に振る。勢いがよ過ぎてそのままもげやしないかと心配になった。まぁ、それはそれである意味面白いか。

「寂しいなあ、俺のことは好きじゃないって訳か」

「そんなこと、ない」

「へぇ?本当に?」

自分でも意地が悪いとは思う。
実際俺よりも素直で正直者の彼女が、戸惑いながらも一生懸命に語ろうとするのが、たまらなく面白い。
彼女はかけてあった俺のコートのポケットを探り、何かを探すかのように視線を逸らした。

「うん……好き、だよ」

「どれくらい好き?」

振り返った彼女は真っ直ぐこちらを見据えた。
その手に握られていたのは、俺が愛用するあの折りたたみナイフだった。
開いて、自らの喉笛に突き付ける。

それはいつもの泣きそうな笑顔などではなく、本心から、強く思っていたことなのだろう。その目にぞくりとした何かが背筋をかける。
何故だか、ふとあの椿の花を思い出した。

「殺されたいと思うくらいには、好き」

ぼたり、と脳内で思い浮かべたあの花が落ちる。その大きな花弁を、美しい形を残したまま首元からもがれたように、花は呆気なく落ちる。
惨めさの欠片もない、美しい最期だなと思っていた。さながら、彼女のようだろう。


カメリアの甘味

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