こ。
…や、さ、
……こ。
かちかちと音を立てながら、文字が浮かび、また打ち寄せる波のように、白く消されていく。
や、っほー、は一文字目で違和感があった。普段から別段口にしないからかもしれない。文字にすると余計に白々しい気がした。
さ、っきは楽しかったね、じゃあなんとなく話題が唐突すぎるかなとも思う。
そうなると、やっぱり、こんばんは、から始めるのが良いのかなと、自分を納得させ、真っ白な画面に文字を並べていく。
恋人に送るそれとしては、ちょっと他人行儀だけれども。
ゆったりとベッドに仰向けになりながら、握りしめた携帯電話を天井に翳す。
クリアを押しすぎた画面には機械的な文字が映った。
「終了します
保存しますか。」
夜の12時になったらメールが欲しい、と彼が言った。場所は、放課後の教室。他に人影は無かったけど、思わず周りを振り返った。
すると、怪訝そうに藍色の瞳がぱちぱちと瞬きをした。彼は私をじっと見ながら返事を待っていたらしかった。
私は、一癖も二癖もある共通の友人たちが何かの罰ゲームを彼にけしか、もしくは私への嫌がらせで彼にそっくりな人を仕込み、どっきりを仕掛けているんじゃないかと思った。
規律や規則を重んじ、健全な高校生活に何よりも比重を置いている、風紀委員的彼氏は、基本的に夜11時以降の行動を良しとしない。彼の概念では高校生が交際行動として許される範囲を逸脱しているらしいのだ。
そんな彼が、まさかまさかの真夜中コールならぬ、真夜中メールをリクエストしてきたのだ。
天変地異が起きたのかと考えられるほど動揺した私だったが、しかし、彼の視線に応えて顔を上げた時、罰ゲームでもどっきりでも、ましてや天変地異でもないと分かった。
それは、彼の表情が、私が想いを伝えたときと同じだったから。
意図も意味も分からなかったけれど、肯定の意味で私がうなずくと、彼はほんの少し嬉しそうに微笑んだ。
「こんばんは。
さっきは家まで送ってくれてありがとう。
数学の宿題は終わった? 」
なんとも味気ない文面ではあるが、何しろ元々彼とはメールのやりとりをあまりしないので何を書いたら良いのか戸惑ってしまった。
しかも普段友人に送っているような文面では、真面目な彼に語彙や文節の間違いを指摘されそうで怖い。
結果的に事務的文面に近くなる。
ため息混じりにメール画面を眺めていると、右上に映る時刻が既に12時を回っているのに気付いた。
慌ててカチカチと携帯のボタンをプッシュしてメールを送信するとすぐに、返信を知らせるメロディが聞こえた。
「夜分遅くにすまない。
今、窓から外が見えるだろうか。」
短い文面には、悩みに悩んで考えたこちらの投げ掛けの答えなど全く書いてはいなかったが、そこは敢えてスルーして、送られてきた質問に再び返事を打ち始める。
「うん、見えるけど、」
何かあるの、と続けようとして、カーテンを開けた左手越しにキラリと何かが光った。
ふと、視線を窓に向ける。またキラリと光が流れた。
じっと窓の外、遠くの空を眺めていると、流れ星が瞬く間に幾つも消えていく。
しばし考えて、今朝のニュースの一旦を思い出した。そう言えば、流星群が今夜ピークを迎えると言っていたような気がする。
いつものお天気お姉さんが、ニコニコと、ロマンチックな夜になりそうですって笑っていた。
「綺麗だね」
あまりに多くの光りが流れてゆくのが美しくて、そんな言葉しか出てこなかった。送信画面を確認し、空に携帯を向ける。
と同時に、勢い良く携帯のバイブがメロディと共に始まった。返信が来るには早すぎるが、受信ボックスを開いてみると、そこには彼の名前。
「綺麗だな、」
同じ瞬間に、同じ想いを互いに伝えようとしていたんだと、切なくて、嬉しくて、思わず彼の携帯番号を押していた。
彼が急にメールをしたいと言い出した訳も、いつもは律儀な文面が少し違っているメールの訳も、少し分かった気がした。
電話だと上手く話せないと思ったから?
少しは緊張感してくれていたから?
私と同じ星座の流星群を、私と一緒に見たいと思ってくれていたから。
コール音が何度も響く。きっと彼はなかなか出ないに違いない。
放課後の、夕日に包まれたあの場所にいた時と同じように少し照れたようにはにかんでいるはずだ、きっと少し慌てながら。
文字と文字の空白を繋いでくれた流星群を見つめながら、その心地よい沈黙の中で彼を想った。