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運命だと言われた瞬間は、ただ単純に嬉しかった。顔が熱くて仕方がなくて、それから我に返って逃げ出した。
お前の願いは叶わないと最初から突きつけられるより、一度可能性を突きつけられてから落とされる方が苦しさは増すというものだ。くそったれ。お前なんか、


「はよ、名字」
「あ、森山。おはよう」

駅で出会った彼は俺を見るとうっすら笑みを浮かべた。手を振り返し、人の間を縫って彼の元に向かう。

「随分遅いな。今日は朝練無かったのか」
「ああ、体育館の点検らしい」

森山はつまらなそうにそう言うと、「それより名字!」と急に表情をころっと変えてこちらを見た。

「はいはい、そうだなすごいなー」
「せめて話を聞いてからにしてくれよ」

わざとらしく肩をすくめて「仕方ない奴だ」なんて言う森山に、思わず拳に力をこめる。どうせ森山が切り出す話題なんて、最近では同じことだ、聞かなくても変わりないだろう。俺の予想通り、その後に森山が発した言葉は彼の運命の子のことだった。

「オレの運命のあの子は誰なんだろう……」
「文化祭で会ったんだろ?クラスとか分かんねえのか」
「いや、彼女は自分のクラスに帰るところだったらしくて」
「送っていかなかったのか」
「彼女がいきなり走り去ったんだ。きっとシャイなんだろう……」
「お前のポジティブすごいな……それ逃げられたんじゃねえの」
「いや、それはない」

断言する根拠はなんだよ、と呆れつつ隣の森山の横顔を見る。「決まってる、彼女が俺の運命の子だからだ」という台詞を文化祭から数日経った今日までに俺は飽きるほど聞かされた。

「そんな可愛い子だったなら彼氏と来ててはぐれたとか、そんなのじゃ」
「まだ分からないだろ!」

そんなこと言われても、なあ。見つけてみせると意気込む森山に気付かれないように小さくため息をこぼす。
お前が会ったその女の子、俺だし。

三年の文化祭二日目、午後二時ぐらい。うちの部活が行った、男女逆転喫茶なんてベタな店のせいで、俺は今面倒なことになっている。
体格的に不自然じゃない奴らの一人に不本意ながら選ばれた俺は、姉のお下がりの制服を着て、楽しそうな女子に化粧やらヘアメイクやらをほどこされていたわけだ。そして自販機に飲み物を買いに行った帰り、森山と会った。
そして、お決まりの「運命」とやらに至る。

文化祭終了後の打ち上げで、森山から一目惚れしたという話を聞いた時に俺が本当のことを伝えていれば良かったのだ。最初なら茶化して冗談に出来たのに。

はあ、とため息がこぼれる。森山の視線を感じたが、気づかないふりをした。

下手に俺が森山のことを好きだったりするから。森山が(たとえそれが俺の女装であっても)一目惚れした運命の子に夢中なら他の女子にはなびかないんじゃないかと考えてしまった。というか、女装姿でも一目惚れされたのが普通に嬉しかったんだ。ずっと好きで、でも叶わないと諦めていた相手から一目惚れされて嬉しくないわけがない。叶わないのは変わらないけれど。

「森山」
「なんだ」
「俺、お前のこと嫌いだわ」
「は?」

驚いたように目を見開いて、森山は俺を見る。嫌いだよ。お前なんか大嫌いだ。要らない希望を持たされるよりは、嫌われた方が大分マシってものだろう。それに。

「ごめんな」

お前の話聞く度にもし俺が本当に女だったらって想像すんの、そろそろつらい。
冗談じゃないことを理解したんだろう。俺の名前を呼ぶ森山を置いて、俺は足を早める。

好きだよ。お前が女の話題出す度に見当違いな嫉妬をするぐらいには。疲れたんだよ。身勝手な屑野郎だって嫌ってくれ。
吐き出した息は、みっともなく震えていた。

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