名前変換
風が秋を押し退けようとするように強く強く騒がしい音を鳴らして吹き抜ける。
だから、秋にまみれる彼女の声がノイズみたいになって聞き取りにくかった、というのもあるのかもしれない。
だけど、それとは別に、彼女の発した言葉が己の耳を疑いたくなるくらいあまりにも衝撃的だったから、思わずこう言わずにはいられなかったのだ。
「―――なまえが、潜在犯…?」
そんな訳はない。聞き間違えだ。自分の中でそう言い聞かせるけれど、目の前の彼女が哀しそうに微笑むのを見て、どこか裏切られたような気持ちが沸き上がる。
「その銃で、確めてみるといいよ。」
スッとしなやかに人差し指を縢の持つドミネーターへと向ける。汗が滲む手でおそるおそるドミネーターを彼女に向けた。
「犯罪係数、420。執行モード、リーサル・エリミネーター。慎重に照準を定め対象を排除して下さい。」
絶対とされるその言葉を疑うことができない。ドミネーターのセーフティが解除されてエリミネーターへと姿を変える。縢はドミネーターを構えたまま掠れた言葉しか発することしかできない。
「な、んで…。」
嘘だと言ってほしいのに彼女は何も言わない。自分が潜在犯であると告発してから沈黙している。
何も言ってくれない彼女と、どうにもできない自分自身へ苛立ちが募り、ギリッと奥歯を噛み締める。
「何で、お前が…!」
秋にしては異様に冷たい風が額に滲む汗を撫でていく。そんな気休めはいらない、と縢は構えたドミネーターを彼女に向けたままどうすることもできない。
「ごめんね。」
不意に寂しそうな声が秋の彩りにこだまする。勿論なまえの発したものだったが、その言葉に含まれた意味を理解できないのか、もしくは理解したくないのか、縢は口を開く。
「俺は、どうすれば…!」
ドミネーターの言いなりになって彼女を撃つべきなのか、彼女を助けるべきなのか、分からない。
「縢。」
と、なまえが彼の名前を呼ぶ。縢は己のドミネーターの銃口が向いている方へ視線を向けた。彼女はゆっくり縢へ歩み寄る。
「簡単なことだよ。」
ドミネーターを握る手には更に汗が滲む。背中には嫌な汗が伝っていく。なまえは縢のドミネーターの銃口を額に当てて立っている。とても、とても嫌な予感がする中で、彼女は柔らかく微笑んだ。切ないくらい、穏やかなくらい―――。そしてドミネーターの引き金に縢が指をかけている上から更に自分の指をかけるなまえ。
「引き金を引いて。」
とても間近で聞こえた彼女の声も、引き金を引こうとする彼女の指も、瞳に映る彼女の切なそうな微笑みも間違いなくなまえのものだった。
そのことを認識した瞬間、どうしようもない感情が縢を襲う。もう、どうすることもできないのだと、彼女の微笑みがそう告げているようだった。なんと理不尽で不合理な世の中なのだろう。
だから、縢は彼女の指の力が強くなる前に引き金を引いた。せめて彼女の死に自分が関わっておきたかった。瞬間、耳に響く銃声と、肌に感じる冷たい返り血。
目の前の愛しい彼女にドミネーターが罰を下す。罰をくらった彼女は微笑みながら、
「縢、ごめんね。」
そう呟いて次の瞬間にはその体は木っ端微塵になっていた。ドロドロとした真紅の血が鮮やかな秋の紅葉を染め上げていく。それはあまりにも綺麗で―――。
跡形もなく消えてしまったその光景を見て、もしかしたらこれは夢ではないのだろうか、彼女はまだ生きているのではないのだろうか、という妄想が膨らみかけた。
だから彼はドミネーターを手放すと、濁ってしまった紅葉の絨毯に膝を落とす。目の前に広がる血の海はやはり彼女のものだった。
果たして彼女が最期に呟いた謝罪は、犯罪者となってしまったことについて縢への謝罪だったのか、縢に殺させてしまったことへの謝罪だったのか、彼自身にももう知る術はない。ただ、なまえの綺麗な微笑みだけが彼の心に焼きついていた。
秋は濁るほど良い
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曰はく、様に提出。素敵な企画に参加させて頂きました。ありがとうございました。