名前変換


突然足元に落ちてきた黄色いボールに名前は驚いて足を止めた。もう数歩早く歩いていたら頭に直撃したかもしれないと思うと少しゾッとする。



まぁ、ぶつからなかったのだから良しとしよう。なんて勝手なことを思いつつ名前は落ちていたボールを拾った。硬い感触が指先に伝わる。



テニスボールか、と名前はテニス部が扱っているコートに視線を向けた。テニスコートから彼女のいる場所までは数十メートル離れている。あんなところからボールを飛ばすなんてどんなテニスをしているのだろう?ホームランの間違いではないか?



名前はそう思いながらもこのボールをどうしようかと考える。単純に考えれば届けるのが一番なのだろうが、正直汗だくな男たちに近寄りたくはない。それにテニス部のマネージャーの視線は痛いと噂になっている中で近付くのは嫌だった。



けれど一度手にとってしまったボールを放り投げてしまうのも良心が認めない。どうしたものかと考えていると、




「すみません。それ、私のものです。」




声をかけられ我に返ると見知らぬ少女が目の前にいた。




「あ、えっと…、はい、これ。」



見知らぬ顔と少女の口調から彼女が年下であると理解できた名前が、慌てて彼女にテニスボールを渡そうとすると、




「ボールは見つかったのか?」




突然少女のもとへ泣きボクロが特徴的な跡部景吾が現れた。彼の登場に少女は面食らった様に顔を紅潮させる。その表情を見ていた名前は少女が跡部に惚れているとすぐに理解できた。




跡部景吾。彼とは幼馴染みの関係だが、時が経ち、彼は学園一の人気者になった。名前は急に変わってしまった跡部に戸惑って次第に彼との距離を離し始めたのである。




「名前じゃねぇか?何してんだ?」




気軽に声をかける跡部に少女が驚いた様に口を開く。




「え!跡部先輩、この人とお知り合いですか?」
「あーん?幼馴染み、」
「今はただの赤の他人だから。」



跡部の言葉を遮って名前がキッパリと言えば、彼はどこか不満そうに眉を寄せる。それとは対照的に少女は「そうなんですか…。」と残念そうな口調で呟くが、その表情はどこか安堵しているようにも見える。




「おい、先に戻ってろ。」




跡部が不満気な口調で命令したせいか、少女は今度こそ残念そうな口調と表情で承知すると、その場を離れていった。きっと跡部と名前が二人きりでいる状況がいたたまれないのだろう。




「跡部は戻らなくていいの?」




寂しそうに去っていく少女を見送りながら名前が尋ねると彼は機嫌がなおったのか、少しだけ口調を緩めた。




「久しぶりにお前と話せるからな。」




あっそ。こっちは貴方様と話していると怖いマネージャーたちに目をつけられるから勘弁してほしいのですが。なんて本音を心の中で愚痴りながら口を開く名前。



「さっきの子、マネージャー?」

「あぁ。一人で練習すると言ってもアイツは最後まで付き合うと言ってきかなくてな。まぁでも、他の奴らよりは煩くねぇし、気も利くからな。」




案外気に入ってる。そんな言葉が最後尾に続きそうな話し方だ、と名前は少女に渡しそびれたテニスボールを握り締める。同時に自身の胸もギュッと締め付けられる様な感覚がした。



私の方があの子より長く跡部と過ごしてきたのに。私の方があの子より跡部のことを理解しているのに。そんな感情が胸に溢れている。跡部と知らない子が仲良くしているところを想像すると無性に苛立つ。



きっとあの子は跡部のことを想うと頬を可愛らしいピンク色に染めるのだろう。けれど自分は跡部のことを想うと胸が締め付けられる様に痛くなる。ずっと友達だと思っていたのに、いつのまに、こんなにも彼に惹かれていたのだろうか?初めての気持ちが渦巻いている。この感情は例えるならば…。




「どうしてテニスボールは黄色いんだろうね?」




半ば八つ当たりをする様にテニスボールを跡部に放り投げる名前。彼は反射的にそれを受け取ると「あーん?」と眉を寄せる。意味を説明してほしいのだろう。けれど名前は彼に背を向けると、振り返ることなくさっさと去っていく。




初恋はレモン味だと聞いたことがある。ならば、この感情もテニスボールの様な黄色い色をしているのだろう。






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日はく、様に提出。素敵な企画に参加させて頂きました。ありがとうございました。

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