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例えば今、地球がひっくり返って足をつけているこの地面が空の天井に変わったとしたら、目の前で笑うこいつも今と正反対の人間になったりするんだろうか。
「――何言うてるん。地球は毎日一回はひっくり返ってるやないの」
「うるさい。屁理屈なんか求めてない」
眉間に思いきり皺を寄せて睨んでやっても、金色はいつもと変わらないうっすらとした笑みを浮かべて私に視線を返す。
あぁ、腹が立つ。
「ほんま、何でそんな自分から反感買うような態度とったりするん?」
人間関係余計に複雑にしてどないするんよ、と苦笑混じりに溢しながら金色は慣れた手つきで私の腕にガーゼを当てる。
染み込んだ消毒液がピリピリと肌を焼くような感触に少し顔をしかめると、ガーゼを当てていた金色の手がほんの少しだけゆっくりとした動きに変わった。
ついさっき私に手をあげた女子はどうやら爪先を短く切り揃える性質ではなかったらしい。
「あんな心臓に悪い場面何度も見せられるアタシの身にもなってぇや」
「一度金色と遭遇したことある子逹は二度と同じ時間同じ場所に私を呼び出さない。だから毎回違う子でしょ」
「そういう意味ちゃうわよ。アンタが心配やから言うてんの」
綺麗にテープを止めて、これでよし、と言った金色からすぐさま腕を引き離す。そしてそんな自分に自己嫌悪した。
放課後、人気のない階段の踊り場で数人の女子逹に囲まれるのはもう慣れた。その女子逹がたまに私に手をあげるのも。
その場に金色が遭遇して女子逹が逃げた後こうして手当てをしてくれたのは何回目だろう。
この男は優しくて、そして、残酷だ。
「…心配とか、そんなの、いらない」
「そんな顔して言うても説得力ないゆうてんの」
「…うるさい…っ」
「放っとけるもんやったら最初から放っとくわ」
こんなにも甘い言葉で私から逃げ場を無くしておいて、最後にはその薄っぺらい嘘で私を拒絶するのだ。
手当ても終わったのに、私逹しかいない保健室で金色は俯いたままの私の前から立ち去るつもりはないらしかった。
「何で女友達作ろうとせぇへんのよ」
「…そんなのいらない」
「アタシと変わらへんで?女友達なんて」
「金色は、男でしょう」
「…アンタがなかなか素直になれへんだけでほんまは人一倍寂しがりなんは知ってるわ。それをちゃんと伝えたら周りの子ぉも少しずつ近づいてきてくれるはずやで」
「金色が知ってれば、それでいい」
「――名字、」
普段とは全く違う低い声で、金色が私の名を呼ぶ。目線を上げられないまま肩が跳ねて泣きそうになる。
その先は聞きたくない。耳を塞ぎたいのに私の体は動かない。
「ごめんな」
低い声で押し出すようにそう呟いた金色は、まるでさっきまでが無かったかのようないつもの声音で、ユウくん待たせとるからもう行くな、と優しく言った。
私の返答を待つこともなく保健室を出て行った金色が扉を閉めた音が静かに鼓膜を震わす。
私はまだ世界を信じているのです
(貴方が私に振り向いてくれないこんな世界は無くなってしまえばいいと思うのに、)
――――
企画『曰はく、』様に提出