バレンタインが近づいているからか週末のホグズミードは浮き足立っているカップルでいっぱいだった。楽しそうにハニーデュークスでチョコを選んだり、3本の箒の隅の席で寄り添って見つめあったりキスしたり。手を繋いで村を歩いているだけでも、皆幸せそうだ。私達も浮き足立ってもいいはずだよね?だって付き合ってるんだから、うん。
自問自答をして頷きながら、目の前で眉間にしわを寄せながらケーキをつつくスネイプを見た。
やだ、こいつケーキの趣味も最悪だわ!
甘いものが苦手なスネイプがケーキを頼むのは珍しいことだった。いつも紅茶しか頼まないのに、一体どういった風の吹き回しだろうか。私はココアにのっているアイスを一口すくって口にいれた。ココアにアイスがのってるなんて贅沢!!と、このくそ寒い中アイスココアを頼んだのだ。スネイプが訝しげに私を見ていたけど気にせず店員さんにオーダーを伝えた。
ちら、とスネイプを見やった。私と同じタイミングで注文したケーキが全然すすんでいないようだった。
「おいしい?そのケーキ」
「僕は甘いものは苦手だ」
「ならなんで頼んだのよ」
「…別に、なんとなく」
「そう…」
スネイプは何か言いたげに口を開いたが、もごもごと動かしてすぐに閉じてしまった。そうしている間もスネイプはケーキから目を離さなかった。今日の彼は下ばかりみている。ふぅ、とため息をひとつ落としてココアをマドラーでかき混ぜた。店内の暖房のせいで上にのっていたアイスが溶け始めていた。やっぱりホットにすればよかったかもしれない。
スネイプはつまらないのかな?私と2人でいるよりあの辛気くさい地下室で分厚い本を片手に、気味の悪い大鍋をかき混ぜていた方がよっぽど楽しいのかもしれない。考え始めたらなんだか悲しい感情がとまらなくなって、気づいたら勢いよく席からたっていた。驚くスネイプ倒れた椅子走り出す私。
頭の中ぐちゃぐちゃ!
あぁココア飲み終わってなかったスネイプのせいだばか。
悲しいのもいらいらするのも楽しいのも嬉しいのも全部スネイプのせいだ!
「名字!」
少し走って角を曲がる所でスネイプに追いつかれた。なんだこいつ意外と足早い!
「いたっ痛いよばか!」
左手首をぐっとつかまれた。
「痛いもくそもあるか!なんだ、お前は急に…」
「スネイプがつまらないから」
「僕がつまらない…」
「あっ違う…スネイプ今日、あんまり喋らないし楽しくなさそうだし笑わないし」
「そんなのいつもの事だ」
そうだけど、そうなんだけど、いつものスネイプなんだけれども。
目頭が熱くなってきた。やばい。泣きそう。
この浮き足立った雰囲気に絆されて、私の脳内もいつもより少しピンクになっていたのだ。別にスネイプとの交際に不満があるわけではないけど(いやあるにはあるけど)恋愛に積極的なスネイプなんて考えただけでも吐き気がするが、何かこう、恋人っぽいことを期待してしまっていたのだ。四六時中本を読んでいるか実験をしているか、とにかく恋愛のれの字もない様なスネイプに。
「私と付き合っていてもつまらないんじゃないかって」
「それはっ…それはこっちのセリフだ」
涙をためた目で彼を見つめた。スネイプは一瞬目を見開いて、すぐに下を向いてしまった。あぁ寒い。私達もう駄目なのかもしれない。なんて最悪な考えが私の頭を過ぎったときだった。
「…ケーキを一口やる!」
喋ったと思ったら唐突に、なんなんだこいつは!何故か先ほどより赤い耳を無性に引っ張ってやりたかった。
「ケーキ?」
「先刻食べていたケーキだ。だから、その…機嫌を直せよ…」
「何で一口なのよ」
「だから…」
「何よ?」
「わかれよ!」
「わからないわよ!大好きなケーキを一口分しか貰えないなんていじめ以外の何物でもないわ!」
お互いに段々と声が大きくなっていった。ホグズミードのど真ん中で騒いでいるせいで、見物人が段々と増えてきた。あぁもう!どうしてバレンタイン前にこんなところで怒鳴りあわなきゃいけないのよ!スネイプはさっきの店で見せたように口をもごもごと動かしていた。何かを渋っているようだったが、決心したのか急に顔をあげ、私を見た。
あ、やっとちゃんと目があった。
「僕が食べさせてやると言っているんだ!くそ!どうしてここまで言わされなきゃならないんだ!馬鹿か貴様は!」
スネイプはそう怒鳴ってその場にへたり込んでしまった。顔を手で覆っていたけどでている耳がさっきより赤い。珍しくケーキを頼んでいたのはどうやらそういうことだっららしい。スネイプも…この浮き足立ったホグズミード村に影響を受けて、まったく似合わないが脳内が少しピンクになってしまっていたみたいだ。私だけじゃなかったみたい。彼なりの、不器用な恋人なりの精一杯だったのだ。ケーキと睨めっこをしていた、いつもより無口なスネイプを思い浮かべる。
その子達捕まえてくれ食い逃げだよ遠くでそんな声が聞こえた気がしたが、
「でも私、あのケーキあまり好きじゃないの!」
構わず私はスネイプを抱きしめた。
待っていたのは甘いケーキじゃなくてお説教だったけれど、私は幸せな気持ちになった。