「う、は、シリウ、ス」

「苦しいか?名前」


くっ、と喉で笑いながらシリウスが尋ねてきた。細く骨ばった指が私の喉に絡みついて、首を絞められる。馬乗りになっている彼が体重をかければ、爪が肉に食い込む。もう少し力を入れれば、きっと私の息の根をいとも簡単に止める事が出来る。

また始まったのだ。彼の発作が。


アズガバンから戻ってきてからというもの、シリウスはどこかが変だった。普段は昔とかわらない屈託のない笑顔で冗談を言うのに。当たり前と言えば当たり前かもしれない。親友を殺したという無実の罪に問われ、あんな所に幽閉されていたのだから。暗くて、独りで、きっと彼の事だ、自責の念にも押し潰されたまま何年間も。気が触れてしまっていても、おかしくはない。現にシリウスは、時々こうして真夜中に私の部屋にきてはどこか猟奇的な行動を繰り返していた。一週間前は身体の至る所に噛みつかれ、今だに出血の跡が残っている。


「い、いよ、好きにすれば」

「…そんな目で見るな」

「じゃあそんな顔しないでよ…。そんな泣きそうな顔をして、私の首に手をかけないで。」

「うるさい…わかった様な顔しないでくれ…」

「わからないわよ、何も。あんたがどうしたいのか、どうして欲しいのか。」

「…名前…俺を憐れな目で見ないでくれ」

そう言ってシリウスは私の肩口に顔を押しつけた。表情は見えないが、すすり泣く様な音が聞こえる。
きっと彼は不安で、恐怖で、夜という闇に飲みこまれてしまいそうなのだ。それは私も同じで、あの日から、2人がいなくなったあの日から、毎日が恐くて恐くてたまらない。日常を無くした日から、戦う事も、死ぬことも、覚悟は出来ている。しかし、1人、また1人と大切な人間が亡くなっていく恐怖に耐えられるのだろうか。シリウスがいなくなったら、私は耐えられるのだろうか。
いつからこんなに弱い人間になってしまったのだろう。シリウスも、そんな彼を切り捨てる事も出来ない自分も。恐怖に1人で立ち向かう術も、若さも、私達はとうに無くしてしまったのだ。

「なあ、名前も馬鹿じゃない。分かるだろう。逃げればいいんだ、俺から」

顔をあげたシリウスが、絞りだした様な声で言った。そんな哀しげな目で言うセリフじゃないわよ、なんて思いながら垂れている髪を耳にかけてやる。
いつの間にか首にかけられていた手が私の頬にきていたので、彼の背中に腕を回した。

「逃げないよ、シリウス」

一人で生きていくのが辛いなら一緒に生きればいい。一人で受けとめられないなら、一緒に受けとめよう。

気がつくと私も泣いていた。

「怖いだなんて、口にだして。格好悪いわよ、シリウス」

「うるせえ…」

いつものシリウスに戻ったような、そんな顔をしていた。それを見て私も笑顔をつくる。

「そうやってお前はまた、俺を甘やかすんだ」


存外、甘やかされてるのは私かもしれないと、すがりつくようなシリウスのキスに答えながらそう思った。








title by蘇生










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