「10分だ、10分でいい」
「俺は構わねぇぞ?」
「私が構うんだよ船長、いいから黙っててくれ」
「副船長命令なんぞ聞いたこと無いぞ」
「ならば貴重だな」
 喉で笑う俺の腰に頭を預けてくるレイリーは子供のようだった。



 部屋に入って来て始めは何も話さなかったレイリーがようやく口を開いたのはそれから何分たったか分からない時だった。
どこか気まずそうに、悩んでいるような表情をしているレイリーに座るように促すとベッドに腰掛ける。
俺が椅子をそちらに向け座り直せば組まれた手に埋まっていた顔がようやく上げられる。いつもより眉間に皺が多い。隈も深い。
「どうした、らしくもねー面しやがって」
「……夢見が悪くてな」
「日頃の行いのおかげだろ。平穏な夢なんて起きてる時にしか見れないもんだ」
「できれば寝ている時ぐらい平穏に過ごしたいものだ」



「で、本題はなんだ」
「……」
「言えよ。言いたいことがあるからここに来たんだろ?」
「……」
「……」
「……」
「おいレイリー!」
 無言に耐えられないのは性だ。ともかくこいつが黙っているという方がおかしい、話題を提示するのは先に持ちかけた方だろう?なぁ、そうだろう。
立ち上がった俺を見上げるその顔はどこかいつもと違う物で俺はそれ以上怒鳴るに怒鳴れなかった。



椅子から立ち上がりレイリーの隣に座れば様子を伺ってくるように見てくる。そんなレイリーの眼鏡を外し腕を引き、俺の胸に押し込めればくぐもった声が骨に響いた。
「ロジャー?」
「言いたくねぇことがあるのが人間だがそれに気づいて欲しいのもまた人間だ。生きるってのは面倒だな」
「……」
「特別だ、俺の胸を貸してやるから寝ろ。いい夢見せてやる」


 見上げれば満悦の笑みが見えた。
 いつもクルーに向けられるそれとは少し違う、何かを企んだような物ではなく純粋に心から楽しんでいる時の表情だ。
 髪を後ろに梳かれ我に返れば随分と恥ずかしい体勢をしている。これはさすがにないだろう。
ロジャーの腕から離れベッドに乗り上がる。
少し考えてから目の前にあるその背中に近づき首もとに顔を埋める。
伸びて来た手が頭を軽く叩く感触がした。
「そんな場所でいいのか」
「十分だ」
「小さい野郎だ。もっと強欲になれ」
「お前の隣にいるだけでも十分贅沢だ」
「褒めても何も出ないぞ」
「期待はしてないよ」
 私の言葉を聞いたロジャーが小さく笑う。そんな笑い声が身体を振動する。心地よい響きだ。
その暖かさに導かれるように瞼が落ちていった。




 暖かい何かが身体を包んでいる感触で目が覚めた。
見渡せばベッドは無く見慣れたカウンターが枕になっている。
「あらレイさん、お目覚め?」
端で新聞を読んでいた彼女が顔を上げる。
灰皿に溜まった吸い殻からして随分と寝ていてしまったのだろう。そういえば確か眠る前は彼女と一緒に飲んでいたはずだ。これは悪いことをしてしまった。
謝ろうと立ち上がれば肩から毛布が落ちて行く。
「……シャッキー君か、これは」
「えぇ。あまりにも気持ち良さそうだったから起こすの悪いと思って」
吐き出される煙が上へと抜けて行く。
詮索するような目が横に反れたのを見てどこか安堵する自分がいた。柄でもない。「いい夢でも見てたのかしら。随分と優しい寝顔だったわ」
「……」
女性というのは何故こうも勘が良いのだろう。



「あぁ。とても懐かしい、良い夢だったよ」