「だからお前なんだよ」 クルーは少ないもののこの船は大きくなっていっている。まだ億越えにはならないものの少しの期間でこの男は勢力を確実に伸ばしている。その強さと人柄に誰もが惹き付けられ話題は後を絶たない。同時期にして海にはエドワード・ニューゲート、シキが超新星として名乗りを上げ始めていた。 それを裏付けるかのように街で目にした真新しい手配書では船長の懸賞金が上がっていたのを目撃した。 「さすがだなぁロジャー船長!まだ前から上がって少ししか立ってないんじゃねぇか?」 「そりゃロジャー船長のこの前の暴れっぷりからしたらなあ!」 「そうそう、ありゃ政府に喧嘩吹っかけたようなもんだぜ」 小さな酒場を陣取り呑み始めれば案の定、宴へと変わって行く。 小さいテーブルに大量に置かれた酒瓶と飯と手配書。 真新しい手配書が今日一番の酒のつまみだ。誰もが騒ぐ中でロジャーはカウンターで酒を煽った。 「まだまだだ、世界から見れば俺は小さな小悪党にしかすぎねぇ」 笑いながら言う船長に酒場の笑いは増す。酔っ払った赤い顔で言われても何の説得力のかけらもない。ただでさえあまり強くはないのに一気に煽ったりするからそんな様になるのだ。威厳の何も無い。 「したら俺達は悪党でもなんでもねぇな!」 「しかしロジャー船長が謙遜なんて嵐でも来るんじゃねぇのか」 「おい航海士!しっかり見張ってろよ」 「少しは落ち着いて飲もうとはしないのかお前ら、懸賞金が上がったってことは賞金稼ぎがより増えるってことだろ」 「んなこと言って、レイリーさんが一番喜んでたじゃねぇっすか」 「そうそう、誰よりも早く手配書持ってきた人が言ってもなぁ!」 どっ、と湧いた酒場内をロジャーは見渡す。その顔はどこか幸せそうな表情を浮かべていた。 「騒げ騒げ、暴れるうちが華だぜ野郎共」 「船長、あまり騒ぎ立てたらすぐにでも出航するはめになるぞ」 「そん時はそん時だろう、お前も祝え!」 掲げられたジョッキに誰もが従い酒場の宙まで賑やかになる。 なにせ嬉しいのだから。 すっかり酔っ払ったクルー達は1人、1人とおぼつかない足で酒場を後にする。小さな酒場で寝るよりは船で寝た方が身体にはいい。どちらにせよ昼に出航せねばならないのだから正しい選択だ。 未だに飲んでいるクルーが少し残ってはいるが酒場は元の静けさに戻ろうとしていた。 カウンターで手酌をしている船長の隣に座れば船長自ら俺に差し出したグラスに酒を注ぐ。薄く色づいた酒はグラスを青に染め上げる。 少し甘い匂いがするそれに口を付ければようやく船長が口を開いた。 「お前は戻らないのか」 「案外酔ってはないみたいでな、寂しく1人手酌している船長殿の相手をしようと思ったんだが邪魔だったか?」 「いや、それは正しい判断だ」 機嫌良さそうに笑う船長のグラスの横に置かれていた酒瓶を手に取り、空になったグラスに注ぐ。 光がグラスの中に反射する様は朝の海に近い物を感じた。ラベルを見れば確かに海の水、海水を使って作った物が分かる。趣味がいいのか偶然かは分からないがこの甘くて口に残る塩気の味は懐かしさと近さを感じる。久しぶりに上等な酒を飲んだ気分だった。 「気に入ったか?」 「あぁ、随分といいセンスをしているな」 「この島の名産だ。昔飲んだことがあって忘れられなくてな、この島に寄った理由はそれだ」 「確かに……理由にするぐらいの価値はあるな」 「そうだろ?一度飲んだら誰でも気に入る味だ。海の男ならばな」 「あんたにピッタリだよ、船長」 「船長、か……」 何故だか船長は髭に手をあて考える体勢になる。 開いているドアから入る夜風に髪を遊ばせながら俺は船長の横で2杯目の酌をした。 グラスの氷が1つ溶けた頃、船長はようやく口を開いた。 「……レイリー、この船は慣れたか」 「ん?あぁ、十分すぎるぐらいにな。毎日楽しませてもらっている」 「そうか。お前と2人で話すのは久しぶりな気がする」 「船で2人で話すことは無理だろう、何せ狭い」 「ははっ!確かにな。うちの海賊団も大きくなったもんだ」 グラスに残った酒を飲み干し天井を仰ぐ。剥き出しになる喉に少し垂れる酒が妙に絵になる。 伸びた髪をかき上げそのままカウンターにうつ伏せになったかと思えば顔を上げて俺を見る。 「レイリーお前さ、この船の副船長になれよ」 「……あ?」 呟かれた言葉は突き刺さるように俺の耳に入る。 澄んだ声でも特殊な音でもないはずのそれが胸にナイフを刺されたように、一瞬にして身体に染み込む。 へらへらした笑いは消え、どこか真剣な顔をしている船長から目を離せなくなるのは当たり前のことだ。 「でかくなった船を1人で動かす程危険なことはねぇ。……お前なら任せられる」 「なんで俺が……もっと古株の奴らがいるだろ?」 「俺が決めたことだ」 いつになく真剣な船長の言葉が最後まで言われる前に酒場には大人数の賞金稼ぎが首をそろえた。いつから外で待機していたのかは分からないがタイミングが良過ぎだ。 酒場に残っていたクルー達は立ち上がり戦闘態勢をとるものの圧倒的に数で負けている。 眉間に皺を寄せたロジャーは隣の椅子に立てかけてある剣を手に取り、腰から銃を取り出す。俺もそれにならい立ち上がれば酒場に親玉だろう男が顔を覗かせる。手に持っているのは真新しい手配書と最新式の拳銃。 「ゴール・D・ロジャーだな」 体格のいい男が口を開けて笑う。並びの悪い歯が暗い酒場でも目立つほどの大口の男だ。 その男が銃の安全装置を外せばそれにならうかのように酒場に溢れている男たちの武器は一斉に船長の身体を目指し一直線に構えられる。 「随分と行儀が悪りぃ奴等みてぇだな、名乗るぐらいしたらどうだ」 「海賊が何を偉そうに。俺はてめぇの首に用事があるだけだ。馴れ合おうなんて思って来た訳じゃねぇ」 控える賞金稼ぎが笑う。 その笑い声に痺れを切らしたクルー達が足を出す前に船長は銃を天に向けて撃つ。 「お前ら食後の運動にしちゃぁ胸焼けのするコースだ。自分の身、守りやがれ!船に戻るぞ!」 「がっはっはっ!逃げるのか、ロジャー!」 「俺は逃げねぇ!」 船長の声で我に返ったクルー達は近くにいる奴らをなぎ払い裏口を目指す。 俺が前線に出ようと前に出れば肩を強く掴まれ睨まれる。 「いいか、あいつらと一緒に船を目指せ」 「馬鹿を言うな、船長を置いて行けるか!」 「船を守れ、あいつらを守れ、これは船長命令だ!」 「断る!」 「聞き分けろレイリー、命令を聞け!!」 首元を鷲掴みされ今まで見たことの無い形相で睨まれれば怖じ気づく自分に嫌気がさす。船長を守らないで船を守ったって意味が無いことぐらいガキでも分かることのはずなのにこの人は何を言っているんだ、そんなことすら言い返せない自分を殴りたくなる。 隙だと思って狙ったのだろう、船長に斬り掛かって来た男の腹に弾丸を打ち込み俺は裏口を目指す。敵に背を向ける敗北感と船長を置いて行く絶望感。どれもが死にたくなる行為で俺は八つ当たりかのように周りを取り囲む賞金稼ぎに弾丸を撃ち込む。剣など使う余裕が無いほど俺の頭は混乱していた。 夜風に当たっても冷えきれない俺の頭の思考は悪い方に進むばかりだ。確かに最近の船長の強さは目まぐるしく着いていけなくもなりそうだが、それにしたって人数に勝てる物は無い。 途中、囲まれているクルーを拾い追いかけて来た奴らに斬り込み船へ戻る。酒場を出る瞬間に叫ばれた裏の入り江まで全力で出航しなければならない。 こんなにも揃っているのに俺達ができることはただ船長がいないこの船を進ませることだけだった。 風が思うように吹かず入り江に着くのは朝日が昇り切ってからだった。 誰もが我先に上陸する中、森に近いところの砂浜で倒れている船長がそこにはいた。 「船長!」 「……レイリーか」 「怪我してるんだろう、どうだ、歩けるか」 「ははっ……右腹を切られたがそれだけだ。酒が抜けきれなくてな、目が回っただけだ」 そう言って顔を上げたロジャーは眉間に皺を寄せて笑った。 他に目立った外傷はないがとにかく船まで連れて帰るしか無い。顔色もいつもより悪いのは明白だ。砂浜に付いた血の量からしてしばらくここで倒れていたのだろう。身体も冷たい。 「だから無茶をするなと言っただろ」 「……みんな生きてるか」 「……あぁ、誰1人欠けた奴はいない」 「そりゃよかった」 「あんたが欠けたら意味がないんだよ船長、ほら」 肩に腕を回させ担げば頼りない足で歩き出す。 歩調を合わせるようにゆっくりと歩けば悪いな、と呟かれる。 そんなこと呟くなら始めから1人で向かうなんて馬鹿な行動を取らなければいい。そう強く思うのに何故だか口には出せなかった。 「いいか船長、もう無茶はするな」 「無茶ではねぇ」 「1人で船に帰ってこれないならそれは無茶という類いだ」 「意外と厳しいな、お前」 「船長を守ってこその副船長だろ、ロジャー」 俺の顔を覗き込むかのようにレイリーの顔が近づく。その顔はどこか笑いを堪えてるようで俺も釣られて笑いそうになる。 そうしていれば回していた腕を強く握られた。 砂浜で足下を取られながら俺達は狭くなった船に向かう。 「世話の焼ける船長だな、ロジャー」 「だからお前なんだよ」 そういえばレイリーがこの船に乗ってから始めて俺の名前を呼んだ気がした。 ………………… いろいろあってロジャー、って呼ぶのに少し戸惑いときっかけを失っていたらいいなという妄想でした。ぐんぐん勢力を伸ばすロジャーに付いて行けなくなりそうな不安がレイリーにはあってそんな時に今日からお前が副船長だ!(要約)とか言われちゃってしかも答えを出す前に襲われて船長だけちょっと負傷しちゃったり(俺は逃げねぇ!)で、もうこの人は俺がみてないと駄目だ。みたいに割り切っちゃうレイリーさん。お、お母さん……? |