「落ちるぞ」
船首ギリギリで寝ている我が船長の首根を引っ張るとそのまま体は重力に従うかのように倒れ込んできた。
まさか抵抗しないとは思っていなかった俺はそのまま流れるように下敷きへとなった。




「重いぞロジャー」
「いいじゃねぇか、船長に頼られてるってことだぜ」
俺の腹で盛大に笑うロジャーはそのまま体を転がし隣に寝転がる。
既に酔っ払っている顔は赤く、動く度に酒の匂いが流れてくる。
「そもそも敵船の船首で寝る奴がいるか、帰るぞ」
「いいじゃねぇか、今日はめでたい日だ」
「あんたの頭はいつでも祭りだろ」
「いいから空見ろよ」
起き上がる俺の肩を押し戻し空を指差す。
つられるように見上げれば曇っていた昼間とは違う晴れた夜空が広がっていた。
暗い空に広がる無数の光は列を作り流れるかのように弧を描く。少しの隙間の間が空きまた広がるそれは川のようだ。
思わず声を奪われてしまうような光景に見とれていればロジャーが指で宙に線を引く。



「川に見えるだろ」
「あぁ」
「あの両岸にある星と星が年に1回出逢う、それが今日だ」
「……そう…言ってるのか?」
「昔読んだ」
「そうか」
降り注ぐ星は何度も瞬く。
目を細めて星を見ているロジャーを起こすには気が引けてしまった。俺もまだ甘い。




「レイリー」
「なんだ」
「ここは空気を読んで俺へ口付けの1つでもするのが世の流れじゃねぇか?」
「生憎だが敵船でそんなことをするほど肝は座ってないぞ」
「ははっ!なら帰ったらしてくれんのか?」
「相棒に手は出さねぇって言ったのはどっちだ」
「いいじゃねぇか、今日は年に1回の日なんだ、ぜっ、と」
「っ!」
力任せに引っ張られた腕はそのまま引きずられるように全身ロジャーへ傾く。
暗闇だったはずの視界がやたら明るく、近づいた顔がよく見える、など考えていれば頭上から呆れた声がした。


「いつまでいるんだよい」
隣に降り立つ青い鳥。
全身を炎に纏い周りがまるで朝のように明るくなる。
「お、1番隊隊長じゃねぇか珍しい」
俺を掴んでいた手を放し、今度はその鳥に手を伸ばせば呆気なく鳥に払われる。
その鳥が一瞬全身が燃えたかと思えば、そこには人が立っていた。



「あんたんとこの船長だろい、早く連れて帰ってくれよい」
呆れた顔で立っているその青年には見覚えがあった。日中ニューゲートの近くで飲んでいた奴だ。
能力者とは聞いていたがこうも珍しい奴だとはさすがこの船、ということだろう。

「なるほど、変わった能力とはこのことか。あぁ、……邪魔したな」
「なぁマルコ!お前うちの船にこねーか?おもしれぇ力あんだろ」
「ロジャー……」
「俺はオヤジの船だから海賊やってんだよい」
「ったく固い奴だな。ま、そこがおめーのいいとこなんだろうけど」
俺の溜め息に「焼きもちか?」などくだらないことを言い、マルコと呼んでいる青年の頭を力任せに撫でロジャーは船首から降り立つ。
俺も後に続けば後ろで呟かれた言葉に思わず頷いてしまった。
「ガキかよい」
確かにな。








「なぁマルコ!外で飲まねぇか?」
既に酔っ払ったエースは酒瓶片手に部屋に入ってくる。時間はとっくに深夜を迎えていたはずだ。
「酔っ払いのおもりはお断りだよい」
「ちげーって!いいから来いよ!」
俺の腕を取り力任せに外へ連行される。
暗い甲板を足早に抜け船首の上まで上るように促され、それに従ってやれば満足そうに笑う。
「な、すげーだろ!」
「……あぁ」
「年に1回だけちゃんと見えるらしーんだ、イゾウが教えてくれたんだ!」
「両端にある星が会える日なんだろい」
「なんだマルコ、知ってたのか?」
「昔な」
エースが握っている酒瓶を奪い飲み干せば、深夜にはキツいずいぶんと甘い酒で後悔した。
「俺の勝手に飲むなっ!?」
ふいに近づいたエースの口に自分のを押し付ければ苦さが舌を伝う。
甘さと緩和して丁度いい。味わうように舌を這わせていれば遠慮がちに答えてきた。
離れて行きそうな腰を抱いて、剥き出しの背中を撫でれば身体が強張る。
「…願い事が叶う日だって知ってるか」
「……え?」
「願い事が叶う日なんだよい。1年に1回な」
「そ、そうなのか?っ、……くすぐってぇよ」
エースのネックレスを弄ればとっさに片手で手首を掴まれる。
勢い良く上げられた顔と目が合えば笑いしか込み上げてくる物は無かった。
「昔な」
「ん?」
「ここで願い事をしてる馬鹿な男がいたんだよい」
「……へー?うちの奴で?」
「さぁな」
不思議そうな顔をしているエースの手を引き、船首の先端ギリギリまで連れて行きしゃがむように言えば素直に従う。
そのまま海を覗き込んだエースからしばらく言葉は無かったが、少しすれば単純な感想が口から漏れた。




「あ……すげぇ……」
「見事なもんだろい」
海に反射した天の川は波と共に光を増す。
興奮したように海へ手を伸ばすエースを見ていればいつか来ていた船長を思い出す。何年前の記憶だろうか。
何故だか無性にエースのその後ろ姿が愛しくなり思わず抱きしめようとすれば、突然こちらを向いたエースに勢い良く抱きつかれる。
「マルコぉおおありがとなぁ!俺すげー感動した!」
「……そうかい」
バランスを崩した俺にエースは躊躇せずにのしかかる。
酒臭いこいつは完璧に酔っているのかそうでないのかもはや検討がつかないが1つだけ確かなことがある。


「ガキかよい」
願わくばこいつを抱ける日が訪れるように、
胸で可笑しそうに笑うエースの頭を撫でながら俺は星が広がる空を眺めた。