島も入り江も見渡す限り見えない海の真ん中。
小さな船が先を目指して穏やかな昼下がりの海を進む。

「嘘つきめ」
「……いきなり何を言い出すんだ」
背後からかけられた声にレイリーが顔をしかめながら振り向けば、手に空の皿を持ったロジャーが立っていた。
「こっちの皿は俺のだって言っただろ!なんでお前が食ってんだよ!」
「暴れるな。それにお前が起きなかったのが悪いんだろ、無いのは無い、諦めろ」
「っの悪人!」
「言ってろ馬鹿が。いつまでも寝てんのが悪いんだろ」
そう言い放つとレイリーは再び破れかけている海図の複製へと戻る。
この先を進むにはこの地図は必要不可欠な物なのだが、運悪く先日、盛大なる喧嘩をした際に破けてしまった。
日常茶飯事のような勢いで言い争いをし、手も足も出るような喧嘩を来り返しているがあの時はロジャーの虫の居所がたいそう悪かったのか、珍しくレイリーではなく物に当たる行為へとなっていた。その結果が自分達の行く先を切るという散々な物で、怒るより先に溜め息と頭痛をレイリーは味わった。



向かい風で麦わら帽子を揺らしながらロジャーは空の皿を腹に抱え、どこまでも続く水平線を眺めながら「あー」という、声のような呻きのような何とも言えない声を発する。
それを一々気にしていたらキリがないと、レイリーは黙々と切れ端を組み合わせながら前回上陸した島で手に入れた手配書の裏に海図を書き起こしていく。
「なー、あとどんぐらいで上陸出来んだ?」
空を飛ぶカモメに腕を伸ばしながらロジャーは呟く。
何もする事が見つからないのかずっとレイリーの背中に自分の背中を預け座り込んで時間を過ごしていた。
「俺が知るか。お前がこれを破らなきゃまともな時間が分かったかもしれないがな」
「んだよ、俺のせいにすんなよ。お前が女をっ!いってぇ!」
言い訳が聞こえると気付いたレイリーは背中を反らし、ロジャーを床に押し倒すかのようにのしかかる。
身体の硬いロジャーはぎゃーぎゃー騒ぎながら手をばたつかせ、床を容赦なく叩きギブアップだと叫ぶ。
その声にレイリーは身体を起こすと、途中の海図をロジャーに見せた。
「お前ならこれからの経路どうする」
「は?」
少し涙目のロジャーは身体を起こすと、体勢を変えてレイリーの背中に抱きつくようにしながらまだ途中の海図を覗き込む。
遠慮なく体重をかけてくるその身体にレイリーの皺はいっそう深くなるが、もう反論する気力もないのだろうか、何も言わずにロジャーの顔面へと海図を押し当てる。
「んあー、まだ距離ありそうだな」
「距離があると言っても、2日ぐらいだろ。最近明け方の風の流れが速い」
「でもなー2日分の飯あんのかよこの船」
「無いな」
「っ!んじゃさっさと海図完成させろよ!俺は腹減ったんだよレイリー!あと1日で着くようにしろ!」
「耳元で騒ぐな、騒いでも風の流れは変わらないだろ。お前は黙る事を身につけろ」
「お前こそそんな性格じゃまた女にいってぇ!」
容赦なく羽ペンの先でロジャーの鼻頭を刺したレイリーは再び途中の海図を床に敷いて描き起こしていく。
不格好な図面と几帳面な字がアンバランスなその海図はあと半分も描けば終わりそうだった。



船は穏やかな波と共に進み、青年の船長は麦わら帽子を揺らす。
「なー」
「……」
「なーって!」
「耳元で叫ぶな」
苛ついた声で振り向くレイリーは、資料にしていた本の角でロジャーの頭を叩くと眉間に皺を寄せながら床で転がりながら痛がる姿を見下ろす。
叩かれた頭を押さえながらロジャーは少しだけ涙目となった顔でレイリーを見上げながら口を開く。
「寝ようぜ」
「……」
「今日の星は見とかなきゃならねぇもんだ」
レイリーから視線を反らし、じっと空を眺めながら呟く。
唐突に言われた提案にレイリーは顔をしかめながらもロジャーの横顔を見ながらようやく今日初めて腰を上げる。
「夜まで寝てればいいのか」
「夕日が沈む前に起きれば充分だ」
自分の提案に乗ったレイリーへ満悦に笑うロジャーは、麦わら帽子を外すと好き勝手に跳ねている髪を風に揺らしながら自分の顔に被せると、床へと寝転がり直に寝る体勢を作る。
「……」
書き終えた海図を指先でなぞったレイリーはそれを床へ軽く釘で刺すと、こった首を左右に動かし船内にある自分のベッドへと向かった。



「起きろ馬鹿、日が沈むどころじゃねぇぞ」
「んあ?」
ロジャーの腹を踏みつけながらレイリーは顔に被さっている麦わら帽子を取り上げる。
何故自分が起こされたのか分からないとでも言うかのように、ロジャーは寝ぼけた顔で辺りを見渡し、腹に乗るレイリーの足をどけながら起き上がる。
「んだぁ…まだ夜じゃねぇか」
どっぷりと暮れた辺りを見ながら眠そうな声で言えば、レイリーの溜め息は深くなる。
「夜に起きるって言ったのはどこのどいつだ」
「……あー、そうだった。うっしレイリー来いよ」
「は……ってお前っ!?」
上半身だけ起こしていたロジャーは屈むレイリーの腕を引き、床に倒れ込むようにするかのように身体を引く。
そうして鈍い音を立てて転んだレイリーはぶつけた頭を抑えながら隣に寝転ぶロジャーを睨むが、それを気にもせずロジャーは笑い空に指を指す。
「あれ」
「あ?」
「川みてーだろ」
星空をなぞるようにロジャーが指先を動かす。
散らばるような無数の星の中に存在している、空を割るような星の位置を見つけるとレイリーは目を細めて眉間に皺を寄せる。
「まぁ、そうも見えるな」
「この時期になると毎年見えんだよ。たぶんなんか名前あるんだろうけど見つかんねぇ」
「名前なんて知ってどうすんだ」
「呼ぶに決まってるだろ?」
「星の名前をか……?」
「呼ばれると嬉しいぜ、お前が俺の名前呼ぶのも嬉しいしな。そういうもんだろ名前って」
「……」
広がるような笑顔で笑うロジャーを呆れたようにレイリーは横目でちらりと見ると、再び視線を夜空に向ける。が、枕にしていた自分の腕を頭の下から取り出し、隣で寝るロジャーの頭を乱雑に撫でる。
「なんだっ!?」
「ロジャー」
「おう……あ、」
「……」
「んだよレイリー」
呟くように呼ばれた声を聞いて、ロジャーは楽しげに返事をする。

水面に反射する星の光には目もくれず、見上げた先に存在する無数の星を眺めながら、波音しか聞こえない静かな夜を過ごす。
引き込まれそうな星の流れに呼吸すら忘れてしまいそうだ。
「水面に映るのもいいけどよ、こうやって見んのもいいだろ?」
「まあな」
「名前なんなんだろうなー」
「調べればいいだろ、お前はもっと本を読むべきだ」
「本なー」
考えとく、と呟いたロジャーは横で既に目を閉じて寝る体勢をしているレイリーの顔を眺めてから再び空に視線を向け、込み上がってくる笑いを堪えながら名前を呼ぶ。
「レイリー」

その日は二人が初めて好意的に肩を並べて寝た日の事だった。





End.