晴天の空ほど気持ちが良い物は無いだろうが、それもしばらく続けば有り難みは消えていく。


「……」


広い海に浮かぶ小さな船から青空を眺める青年の、片手にある酒瓶に中身は見当たらない。
飲み干してしまった酒を思いながら名残惜しく瓶を持つ姿は、昼間から見るには少し目をつぶりたい物がある。


「……。おいロジャー!うるさいぞ」


八つ当たりかのように一室しかない部屋に向けてレイリーは叫ぶ。
数時間前から珍しく部屋にこもっていると思えば、先程から激しい物音が続いている。

聞こえない返事にレイリーは溜め息を吐きながら再び空を眺めた。



グラデーション




「……おい」
「何だ?」
「冗談はお前のぶっ飛んだ思考だけにしろ」
いつの間にか寝ていたレイリーが、目を開ければ押し乗るように立ち膝でレイリーに跨いでいるロジャーと目が合う。
いつもの姿ではなく、部屋に転がっていたいつぞやの女のドレスを着ている姿にレイリーはため息を吐くと、酒瓶を離しその手で自身の額を押さえて少しの間現状を把握する為に黙り込み、それからロジャーの頭を叩く。

「お前は女を見た事が無いのか」
「あ?女装だってお前が認識した時点で今の俺は女だろ」
後ろのチャックは全部閉まらなかったのか、動く度に襟ぐりが動き片方の袖が下がったりするのを抑えながら、ドレスの裾をつまみロジャーは当たり前かのように言う。
「誰が女だ誰が。ったくそんなに暇なら掃除でもしてろ居候」
「女不足なんだろ、俺が相手してやるよ」
にっこりと音が付きそうなぐらいロジャーは満悦に笑うと、引いているレイリーの骨格に指を這わす。
「女には優しく、なんだろ?」
「……」
呆れ顔でレイリーはロジャーの腕を握ると、もう片方の手で腰を抱き距離を縮める。
「うおっ!?」
「女不足って何で分かった」
若干不機嫌に言われれば、ロジャーは首を傾げてから口を開く。
「お前がうつぶせで寝てる時は暇な時で、仰向けでダラダラ寝てる時は女不足だからだ」
「……あ?」
「気付いてねぇのかよ。お前大抵は仰向けで呆けた顔してんぜって痛てぇ!!」
掴んでいた腕を解放したと思えばレイリーは至近距離にあるロジャーの頬をつねる。
口が横に広がり上手く話せないロジャーはよく分からない言葉を言いながら暴れるも、もう片方の腕で腰を支えられている状態でその嫌がらせから抜け出す事が出来ない。

「いへーほ!」
「ふむ。何だ……下着は男物か」
腰を解放したかと思えばロジャーの腹にレイリーは自信の頭をこすりつけるように、むしろ腹に頭ごと抱き付いてるかのように体勢を変えると無遠慮にロジャーのスカートを捲り上げる。
「ふがっ!?」
「どうせなら女物で徹底すればいいものの…お前のならしまえるだろ?」
下着姿をまじまじと眺めながらサイズを確認するかのような発言をすれば、その意味が分かったのかロジャーはつねる指を振り切りレイリーの肩を掴む。
「くそっ!」
「馬鹿はお前だっ、こんな場所で暴れるな!」
「お前が大人しくしてればいいだろレイリー!」
「おい!そんなに動くなっ!」
頭上で暴れるロジャーを宥めようとレイリーが顔を上げれば、タイミングを合わせたかのように船も揺れる。
「っ!」
「うおっ!」


世界が回った。


「……」
「……」
腕の下には女装したロジャーがいて、見上げれば眉間に皺を寄せたレイリーがいて。
暴れました、とばかりに乱れているロジャーのドレスは嫌でもレイリーの視界に入る。

再び静かに揺れる船の上で、はたから見れば女を押し倒す男の図。

その視線に気付いたのかロジャーはニヤリと口角を上げて目を細めて見た事の無い顔で笑う。
「そそられるだろ、ミスターパイレーツ」
「……お前な、どこでそんな言葉覚えてきたんだ」
「昔お前が連れ込んだ女が言ってただろ?忘れたのか?」
「……」
腕の下で「最悪だな」と笑うロジャーをため息を吐きながらレイリーは見下ろし、乱れているスカートの裾を直すと再びロジャーを見つめる。
「何だよ…」
「誘ったのは船長殿だろ」
「お前」
「私は乱れているのよりも、乱す方が性に合っていてな」
「顔があくどいぞ」
「相手をしてくれるんだろ?ミセス」
口角を上げてレイリーが笑うと、腕の下で目を見開くロジャーの頬にキスをする。
「っ」
「お前からも」
鼻先で言われる掠れた言葉にロジャーは一気に顔を赤くする。
その反応を見てレイリーは鼻で笑えば、妙な負けず嫌いな精神が出たのか目を瞑りロジャーは少し上体を起こし、レイリーの顎に口を押し付ける。
「口じゃないのか?」
にやにやと笑いながらレイリーがたずねれば、何故だか勝ち誇ったような顔でロジャーはレイリーを見上げる。
「女不足なんだろ?」
「そうだ」
「もう島に着く」
「あぁ」
「選ばせてやるよ、俺か、女か」
「……」
見上げてくるその顔を見ながらレイリーは笑う。
「愚問だな」
ロジャーの上から避け、腕を引いて立たせるのを手伝うとロジャーの姿を上から下まで眺め落ちている麦わら帽子を被せる。
「上陸して女のお前を頂くしか選択肢はないだろ?」
「お前…本気かよ」
「何、毛も薄いし顔も帽子で隠していれば歩けるだろ」「この格好で歩かせるのかよ!」
「当たり前だろ」
妙に丁寧な手つきでロジャーのドレスの埃を払うと、自身の服で一度手を拭きロジャーに手を差し伸べる。


「私は誘いを断った事は一度も無くてね」


妙に爽やかな表情を見ながらロジャーは手を重ねる。
「……お手柔らかに頼むぜ」
「それはまた無理難題な」
「?」
「意外にもその姿は」
引き寄せられた腕の中で続けられた言葉に、ロジャーは顔を赤くした。




2010,12,22

ニャンニャンの日記念でした。
レイリーverは2月の本に収録しました^^