明かされた小さな秘め事



「眩しくねぇんだからそれとればいいじゃねぇか」


海を見ていると後ろから声がした。
振り向かなくても分かる。まぎれも無くこの船の船長だ。



ゆっくりと進む小さな船は既に夜の闇に飲み込まれ、星空の下で薄暗い海を渡っていく。
既に誰もが就寝したであろう時間に船長であるこの男が起きているのは珍しいことだ。
「まだ寝てなかったのか、船長」
「あぁ、読み終わんなくてな」
そう言ってロジャーは手元にある本を掲げた。そういえば最近は本を収集する癖がついたようで上陸する度に有り金全部使うか、本屋を潰すかの勢いで買い込んでいるのを見かける。
何が理由でこんな事になってしまったのかは分からないが、まぁゆっくりと航海している船だ、暇なのだろうと俺を始め、クルーはそんな程度に考えていた。
「まぁた買い込んだのか?まるで冬ごもりの獣だな」
「世の中は知らねーことだらけだからな。目で見るだけじゃ足りねぇ知識もあんだ」
「へぇ…」
チラリと背表紙を見るがよく分からない文字が書き込まれているだけで、それが何の本だかは分からない。たいして興味も沸かず俺はそのまま甲板に座り込んだ。
「どうでもいいが船底が抜けるのだけは勘弁してくれよ」
「だーはっはっはっ!大丈夫だ、本は紙だからな!」
「そういう問題じゃなくてよぉ、量がやべぇのは馬鹿な俺等でも気づいてんだ。読み終わったのは薪にでもしちまえって話しだ」
頭上に立つロジャーを見上げながらその腕に抱えられていた本を引っ張れば、呆気なく手渡される。興味本位でページを捲ってみるがやはりよく分からない言語であるには変わりなく、俺はすぐにページを閉じた。
まぁ蝋燭の明かりだけじゃぁ読めねぇってことも理由だが。
「あんたコレ読めてんのか?」
「少なくともお前よりは読めてるはずだ」
「あっそ……」
手に取った本を横に置き、なんとなく空を扇げば俺を見下ろしているロジャーと目が合う。
その視線を無視しようと横を見れば伸びてきた手に阻止され俺の顔の自由を封じられた。
「眩しくねぇのになんでかけてんだ?」
それは純粋なる疑問だったのだろう。
ロジャーの指先は俺の顔の輪郭にあったはずなのだがいつの間にかその手は俺のサングラスのブリッジに指先がかかる。抵抗する間もなくロジャーがサングラスをとるのがそのレンズの境目から光が差し込む瞬間にようやく俺の間抜けな声が漏れたもんだ。



「あっ……」
久しぶりに外の風を浴びたもんだから俺の目は何度か早くまばたきを繰り返した。
風に当たるとどうも乾燥しちまう。
右目にあるはずの目玉が無い俺は、左目だけをぎょろりと動かしロジャーを見上げ直す。
もしかしたらあまりこうゆう人種に免疫がないのかもしれない。まじまじとぶ遠慮にロジャーの視線は空洞である俺の右目があった場所に釘付けだった。
「……」
「……」
「悪い」
しばらくロジャーが俺の目を見ていると我に返ったのか、そう言ってらしくもなく頭を下げる。そんなこと今まで一度もされた事がないもんだから俺は思わず怒る気も失せ(元々怒る気はなかったが)、とりあえず気まずそうに頭をかく船長の機嫌を良くする言葉を脳内で整理して必死に選択することにした。
「何、気にすんな。いつかは言わねぇとって思ってたからな」
「いや…」
「そんなしけた面すんじゃねぇよ。そんな面させたなんて知られたら俺が怒られちまう」
「……いつからだ?」
「あ?あー…確かまだ5つと数えねぇ時だな。流れ弾に当たっちまってよぉ、神経は平気だったんだが眼球に致命的な傷を負っちまってな、後遺症が出たら困るからって取り出しちまったんだ」
「そうか……痛みはもうねぇのか」
「あぁ、最初の数年は痛かったけどな。今じゃこれが普通だからよ。……まぁ足手まといにならねぇぐれぇには動けるぜ」
「……」
何を言っても駄目らしい。
無駄に辛い沈黙が流れるのはこちらとしても堪え難い。船番である俺以外が甲板に居る訳も無くどうにかしてこの沈黙を破くにはそれなりな、―副船長のような―人物が適材ではないだろうかと考えるがその思いも空しく叶うはずも無い。
どうにかして足りない頭を回転させればなんとか俺でもこの沈黙を壊す事が出来るかもしれない。
あぁ何で被害者の俺がこんなに気を使わなきゃならねぇんだぁ?



「なぁ……ロジャー、お前は俺が船に乗る時に言ったよなぁ、この船は世界の果てを見せるって」
「あぁ」
「ならそん時まで残りの俺の目が焼けちまわないようにこれをかけてるってのはどうだ」
「……」
「隠す為じゃなくて守る為、って理由だったらあんたも納得だろ?この船は毎日眩しくてたまらねぇからよぉ」
未だにばつの悪そうな顔をしたロジャーの頭を無遠慮に撫でるとそのまま肩を叩き、俺は床に置いてあるランプをかかげて辛気くせぇ船長の顔を照らした。
「どうせ読書する気なんか覚めたろ?呑もうぜ、船長」
「……くくっ……だーはっはっ!最高だなお前!」
「おうよ!なんたってあんたのクルーだからなぁ!」



そう言って笑った男の顔には黒いサングラスがかけられていた。




2010,9,9
オーロに乗っている長身のサングラスの人です。0巻でバギーの帽子引っ張ってるあの彼です。