激しくノックされた音で目が覚めたロジャーは呻くように入れと呟く。
机にうつ伏せになり寝ていたロジャーが顔を上げると頬には本の痕が付いていた。
身体を起こして体勢を一度戻し書物が高々と積み上げられた机の上に足を乗せて組んでみれば、端にある本が次々と雪崩をおこして床に落ちて行く。
既に床に落ちている書物の上にさらに書物が重なり、もはや机の周りには自然とオブジェが作られていった。
ノックして入ってきたのは若い新人クルーだ。まだ船長室に入った経験がないのか散らかりように戸惑いを隠せてはいない。ドア付近まで溢れている書物のおかげで部屋に入れないのか、部屋に入った少しのところで一礼をし、口を開いた。
「船長!ネズミが侵入したようなのですが如何致しますか!」
「あぁ?ネズミぐれーほっとけよ。そんなに食糧難じゃねぇだろこの船」
よく響く声に髪をかきながら面倒くさそうにロジャーは首を傾げる。
ここ数日眠れていない中、ようやく睡魔と円滑な交流が出来たところをネズミの1匹2匹に邪魔されるなどたまったもんじゃない。
「えっと……ネズミっていうのは人のことで」
「だったら侵入者って言えよ。面倒な奴だ。んで、捕まえたのか」
「既に捕まえています。で、処置をどのようにするか船長に聞いてこいってことで」
「そうか。まー晴れた日に殺しをやるのもなぁ…俺穏やかに航海してーから殺しとかすると海の女神に嫌われちまいそうだし」
「冗談言ってないで決めて下さいよー結構強い奴なんで逃げ出したら確実に1人は殺されます」
「そいつに怪我させられた奴は」
「今のところ軽症ぐらいで負傷者はなしです」
「そうか」
一瞬沸きだった殺気はすぐに収まる。
机にあげていた足を伸ばし、そのまま全身で伸びをすると椅子にかけておいたコートを肩に羽織り髪をかき上げて近くに置いてある帽子を深く被る。
流れるように壁に飾ってある銃を選び腰にさし、立てかけてある愛剣をドアの前に立ちっぱなしのクルーに押し付けた。
「一目拝んでやる。お前、これ落とすなよ」
「了解です」
クルーが緊張した顔で剣を両手で握りしめたのを見てロジャーは部屋を後にした。



ざわつく甲板に降り立てば気づいたクルー達が道を空ける。
その道をわざとらしくブーツの音を立てながら歩き、メインマストまで近づけばその先には柱に括り付けられた人物を取り囲むかのようにこの船の中でも腕のたつクルー達が立っていた。
「船長登場、っと」
「…ロジャー」
ようやく部屋から出て来た船長を見つけ、副船長が近づく。
今にも小言を言い出しそうな副船長の声を塞ぐようにロジャーはマストを横目で見ながら鼻で笑う。
「随分といい趣味してんじゃねぇか。お前の指示か」
「たまには海賊らしくしてみようと思ってな。何、子供相手にそこまで手荒な事はしていない」
「俺にはそんなガキには見えねーけど。なぁ?」
白々しく腕を組み答えるレイリーに最低だな、と投げかける。
お褒めに頂き光栄です船長殿、と横で呟かれるが聞こえないふりをし、項垂れた子供を覗き込むようにしゃがみ込んで首を傾げてみれば、勢いよく子供の顔が上がる。
「あんたが船長か!」
「おっと」
見かけ以上に威勢がいい。噛み付くかのように叫ぶ子供をとりあえず一発殴ると、そこから一歩下がりロジャーは腰から銃を取り出す。
「レイリー」
「了解」
置かれた銃を受け取ると、周りを囲んでいるクルー達に下がるように指示を出す。
ブーイングのように騒ぐクルー達に船長命令だ、と言えば不服そうな顔をしながらも各自散らばって行く。
子供の周りにロジャーとレイリーしかいない環境になると、ロジャーは座り込み気を失いそうになっている子供の髪を引っ張り、顔を上げさせた。
「…って」
「随分と威勢のいいガキだな。何しに来た。盗みか、飯か、殺しか」
「…全部違う。あんたんとこの海賊が俺の物を奪ったから取り返しに来ただけだ」
髪を掴んでいる手を振り払うように子供は頭を勢いよく振る。男にしては長い髪がロジャーの手に容赦なく当たる。
そのまま口内に溜まっていたと思われる血を吐き捨て、自ら顔を上げる。
そこにあるのはまったくもって恐怖を感じていない少年らしい真っすぐな顔。
「奪われたなら奪い返すもんだろ」
そう言って笑う子供を見てロジャーは満足そうに子供の髪を撫でた。
「だっーはっはっ!最高じゃねーかガキ。海賊の心得ってのを分かっていやがる!」
「……」
「もう1つ教えてやろう。海賊ってのはな、欲しいもんは力づくでも奪うもんだぜ」
「……」
「お前、銃と剣ならどっちか扱えるか」
「……剣なら経験あるけど」
「そうか。なぁお前にチャンスをやろうじゃねぇか」
立ち上がったロジャーは剣を持たせていたクルーを呼び、愛剣を受け取ると甲板に突き刺す。
勢い良く突き刺された剣の風圧で子供の髪が揺れた。
「俺のどこでもいいから傷つけてみろ。剣先が擦る程度で大丈夫だ。お前がそれを出来たなら奪われたもんってのを返そう。俺のクルーが持ってんだろ?」
「あぁ…あんたの船に帰るのを見た」
「なら話しは早い。俺はお前には手ぇ出さねぇ。防御だけだ。時間内に俺に傷つけてみろ」
「出来なかったらどうすんだよ」
「そん時は海に投げてやっから好きなとこに帰れ」
「……」
小さく頷いた子供を見てロジャーは口端を上げて笑う。
「よし、威勢のいい奴は大好きだ。レイリー、縄外してやれ。あとお前の剣貸してやれよ」
「子供が使うには重いと思うが」
「勝負事に子供も大人も関係ねぇよ、なぁ?」
「おう」
「よし。さっさとやるか。ギャラリー作っとけレイリー」
「言わなくても集まってるさ」
レイリーが後ろを親指で指した方向にはロジャー達の動向を伺いながらじわじわと集まって来ているクルー達の姿があった。
ロジャーの言葉を聞いた瞬間、周りを取り囲むかのように再びクルー達は集まってくる。
いつの間にか船縁に腰掛けていつ始まってもいいかのように陣取っている奴までいる。
その光景にロジャーは満足そうに頷くと刺した愛剣を空に掲げる。
「いいかお前等!手ぇ出すんじゃねーぞ!」
「おぉ!」
「船長負けんなよー!」
「寝起きは控えた方がいいんじゃねーの!」
笑い声が各方面から沸き上がる中、ロジャーは縄を解かれた子供の腕を引き、立たせる。
大人しく従う子供の頭を撫でれば複雑そうな顔で見上げられる。
レイリーの剣を左手に押し付け、自分の剣よりも幅も長さもあることを分からせるように自分の剣を右手に押し付ける。
ロジャーが一歩下がれば右手にロジャーの剣を持ったまま、左腕でレイリーの剣で宙を切る。ヒュッという音と共に空間が切り取られたような錯覚に陥る。
それは周りにいるクルーまでは届かない感覚らしいが、近くでつまらなそうにしていたレイリーが顔を上げるぐらいの威力はあった。
「…いい腕してんなぁ。そういやお前、名前は」
「シャンクス」
そう言って顔を上げたシャンクスの髪が夕日に当たり、赤く光る。
その眩しさに思わず目を細めたロジャーは鼻で笑った。



「先日片付けてやったばかりだと思うが」
部屋に入って来たレイリーは顔をしかめる。
ソファーに転がり本を読んでいたロジャーはドアの方を向くと指で呼ぶ。
溜め息を吐いたレイリーは床に散らばっている本を軽くまとめながらソファーに寝転ぶロジャーの元へ行く。そこまで広くはない部屋だが食堂の次には広いはずだ。どうすればここまで散らかす事が出来るのだろう。ここまでくると床が可哀想だ。
「飯やったか?」
本をまとめているレイリーの背中に声をかける。
適当に寄せながらロジャーの元にたどり着けば鍵の下がったチェーンを投げつける。
「あぁ」
「食ったか?」
「綺麗にな。しばらく食ってなかったんだろう。固形物はあまり受け付けてなかったが」
「……孤児か貧乏か…ま、孤児だろうな」
ロジャーは本を閉じるとゆっくりと起き上がりソファーに身を深く沈めた。
軽く5人は座れるだろうそのソファーは既に羊皮紙で埋まっており、1人がようやく座れる程度だ。散らばった紙を片付け足下に寄せるとレイリーも座り込む。書きかけだったのかインクの匂いが鼻をついた。
「この辺りは政府管轄外に近いみたいだな」
「戦争地区の離れは大抵そうだ。手ぇ回んないんだろ。巻き込まれるだけ巻き込まれて損ばかりだ。だが戦争範囲外だから支援もない。自然と老人と子供は1人になる」
「……随分と詳しいな」
「言っとくが俺は戦争孤児じゃねぇからな」
興味を示したレイリーに釘を刺すようにロジャーは呟く。そして、もっとひでぇ出身だと笑った。
「シャンクス…と言ったか。まだ10にもなったぐらいだがそれなりに腕はあるみたいだな」
「まぁ、俺に傷つけたぐれーだしな」


それは、一瞬の出来事だった。
慣れない重さの剣に重心のバランスが奪われるものの、的確に狙ってくる剣先に正直ロジャーは楽しんでいた。
周りのギャラリーが半分以上シャンクスを応援し始めた頃、夕日は既に地平線へと沈みかけていた。
その頃になるとさすがに呼吸が荒くなっているシャンクスの腕は思うように動かないのか、擦りすらしない。誰もが勝負あったと思った瞬間何かに取り憑かれたかのようにシャンクスの剣は右足を擦った。
既に気を許していたロジャーが夕日に反射した己の剣で瞬きをしたのが敗北を導いた原因だ。


「運もいい。逃がすには惜しいな」
「欲しいもんは力づくなんだろ?船長殿」
「船員は別だ、意思がなきゃただの爆弾だろ」
「ははっ!それなら爆弾より手のかかるもんが多いな、この船は」
「その筆頭がお前だろ。ロウソクあるか?」
「あぁ」
「会いに行くぞ」



電球が切れかかった地下は夜の暗さとはまた違う物だ。
光がまったく届かない地下はかび臭さと火薬に匂いで充満している。滅多に牢獄など使わないこの船の地下にロジャーは数年ぶりに足を踏み入れた。
レイリーがロウソクを持って先を歩くが少し離れれば暗闇に飲み込まれそうになる。自分の船ながら趣味の悪い設計をしたもんだと頷いた。

小さなロウソクの光の中でシャンクスは寝ていた。
ロジャーが鍵を開けて中に入れば何度か瞬きをして起き上がる。
「……」
「よぉ、腹いっぱいか」
「おかげ様で」
「奪われたもん取り返せたか」
「あぁ。ここから出れないってのは計算外だけどね」
後ろに手をついてシャンクスは笑う。

「そりゃ海に投げ捨てんのは負けた時の条件だからな」
「やっぱ海賊って汚ねぇ」
「シャンクス、俺はゴール・D・ロジャーってんだ。この船の船長だ」
「知ってる。みんなあんたのこと話す」
「お前さ、この船に乗らねーか」
「……はぁ?」
「陸暮らしするにはもったいねーんだよお前、海賊の素質があるぜ」
しゃがみ込んで自分の方を向かせるように顔の骨格に手を添えればシャンクスの肩が震えた。
強がっていても子供か、そう思っていれば添えていた手を上から強く握られ、ロジャーを睨むかのようにシャンクスは見上げて口を開く。
「断る。俺は自分の船を持つのが夢なんだ。人の船には興味がない」
「……夢なんだろ?ならその為に修行しねーと、いきなり自分の船持ったって沈むだけだ」
「……そう…、なのか?」
「あぁ。どぶんだ、どぶん。船の仕組み、海の広さ、世界の広さ、自分の小ささを分かってから自分の船を持ったって遅くはねぇ船出だ」
「……」
「時は早いが感じる時間はまだおせーはずだ。考えろ」
「随分な口説き文句だったな」
「何だ、嫉妬か」
甲板で風に当たっていればレイリーが酒を持ってくる。
まだ肌寒いこの海には丁度いいウォッカだ。
小さなグラスに空けて、交わして飲めば震えそうだった指先が落ち着くように、全身に熱さ染み渡る。
海を見ていれば澄んでいる夜空が反射している。それは波で形が崩れるが合わさって次々と別の形ができていく。
「あれが星座だ」
指を指された方をレイリーは見上げる。
「国によって呼び名が違うらしいがあれは壷の形が元になっている名前が多い」
「星なんて興味あるのか」
「最近読んでいるやつに書いてある。星で方角も分かるらしいから航海士にやろうと思ってな」
「そりゃあ大変だ」
悪気の無い船長の顔を見てレイリーは笑う。
大量に本をプレゼントされて泣きそうになる航海士の顔が簡単に想像出来る。
勉強家な船長に着いていける知識を身につけるのは海王類を1人で相手にするのと近い物がある。
足りない知識では満足する航海が出来ない。
常に新しい物を求める船長の行き先を自分達が妨げる訳にはいかないのだ。

「何、必要な部分だけを選抜してやるさ」
「ほう。それは何十冊の予定で」
「お前が持てねーぐらい」
そう言って笑うロジャーは船に向かって叫ぶ。
「そこで見てねーで出てこいって、シャンクス」
「……」
ロウソクを手にしたシャンクスは地下の扉を開けて出てくる。
腕には鍵がぶら下げてあるチェーンがあった。

ゆっくりと歩きロジャーとレイリーの前まで来ると、ロウソクと鍵を置き自分の拳を握る。

何度か深呼吸をし、おもいきったように顔を上げ目の前で酒を飲んでいる船長と副船長を見上げて
「船員に、させて下さい!」
腹から叫ぶ。
「ははっ!」
「だっーはっはっ!それじゃぁ上出来とは言えねーぜシャンクス!こう言ってみろ」
髪と同じように顔を真っ赤にしたその姿にレイリーは満足そうに手を叩いて笑う。ロジャーとレイリーは手にある酒を海に投げ捨て目線を合わせるようにしゃがみ込む。
いきなり自分の視線になった2人に身を怯ますかのように後ずさりをする身体を押さえるように肩を掴み、2人はシャンクスに耳打ちをする。
そうすれば顔を赤くしたシャンクスは嬉しそうに頷き、初めて笑った。




「「仲間になります、だ」」






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どうしてもシャンクスに耳打ちするレイロジャってのが書きたくて、でもロジャーはやったとしてもレイリーがそんなこと簡単にするようなキャラじゃないなぁあと悩んだ結果です。
ロジャーの笑い声はシャンクスから頂きました!笑
シャンクスがロジャーの笑い声を真似してたら可愛いなというアレです。