「満月の日ってなんで不思議なの?」

「ま、まさか名前ちゃんもオカルトに興味が!?」

「ちげーよ馬鹿」


そんなに目をキラキラさせるな。私はただ長次が帰る方法を探してるだけだ、とは言えないけど。実験室の整理をしながらオカ先をじとっと睨んだ。

長次が来てから約一週間。長次が帰るような兆しは全くない。朝起きたら隣で眠ってるだけ。何か帰る方法はないのか。そんな時オカ先の言葉を思い出したのだ。「満月の日は不思議で不思議じゃない日」だということを。長次が来た日は満月だった。まさか関係があるんじゃないのかな、ということでお手伝いついでにオカ先に訊いてみた。だから別にオカルトオタクになった訳じゃない。


「統計によるとね、満月の日って暴走型の事故が多いらしいよ」

「へぇー」

「海水が6メートル上下するくらいの重力の影響があるんだから人間に影響があっても不思議じゃない、って言っても全部疑わしいデータなんだけどね。1番解りやすいのは狼男じゃない?」


オオカミオトコ。私の記憶が正しければ満月を見たら狼に変身する化け物のことだ。なるほど解りやすい。じゃあつまり、だ。次の満月まで待てば長次は帰れるかも知れないということである。なんだ。意外とあっさり見付かった。カエルの模型を棚に上げてオカ先を見る。オカルト系の話をしたからか少しうっとりしてた。…まあ少しは情報を得ることが出来たし、ツッコミは入れないでおいてやろう。ふと外を見たら雨が降っていた。…む?雨?


「…うそーん…」

「さっきから降ってたよ」

「傘持ってないよ…」


朝は晴れてたじゃん。いや、曇ってたかも。でも降るとは思わなかったし。なんで今日に限って天気予報見なかったんだろ。…いや、見れなかったんだ。長次のお昼ご飯作ったりして忙しかったから。あーあ、最悪。洗濯物干しっ放しだよ。

私が溜め息をつくのと校門に見えた人影に目を見張ったのは、ほぼ同時だった。


「……」

「ん?あれって名前ちゃんのお兄さんじゃない?」

「え、あ、うん」

「迎えに来てくれたんだね。いいお兄さんだねぇ」


あぁ、うん。としか答えられなかった。ちゃんと部屋着から外出用に着替えた長次が傘をさして立っていた。な、なんで?学校までの道のりなんて教えてないのに。長次は校門の周りをうろうろしてる。私を捜してるのかも。オカ先がビーカーを拭きながらにこにこ笑った。


「今日は時間だし、もう帰っていいよ」

「へ?でも」

「お兄さん待たせちゃ悪いでしょ。兄妹仲良くね」

「…ありがとオカ先!」


鞄を引っ掴んで教室を飛び出した。じゃあねぇ、とのんびりしたオカ先の声が廊下に谺する。急いで下駄箱に行って外に出ると、遠目にも長次と目があったのが解った。私に気付いた長次が素早く走って来る。水溜まりも静かに走れるのは忍者の証だろうか。距離はあっという間に縮まり、私は長次の傘の中にいた。長次が早く来てくれたお陰でほとんど濡れてない。長次を見上げると相変わらずのポーカーフェイスとぶつかった。


「な、なんでいるの?」

「…雨が降ってきたから」

「どうやってここまで?」

「人に訊きながら…駄目だったか…?」

「と、とんでもない!」


私が雨に濡れないように傘を持って来てくれた人に駄目だなんて言う訳がない。感謝感激だ。お礼を言って長次から傘を受け取った。


「洗濯物…」

「ん?」

「…取っておいた」

「マジで!ありがと!」


なんて気が効くんだよこの人は!いい夫になれるよ!でも忍者って結婚するのかな。洗濯物には私の下着があった気がするけど気にしないでおこう。長次の下着は私が片付けてるんだし。にしても年下なのにほんとしっかりしてるなあ。きっと学校でもみんなを見守るお兄さん的存在なんだろうなあ。


「…長次、早く帰りたい?」

「……」


歩きながら私が言うと長次は何度か瞬いた。長次が帰ったら私はきっと面白くない。せっかく友達になれたのに会えないところへ行ってしまうなんて絶対嫌だ。長い夏休み、家族もいなくてひとりぼっちなのに寂しくないのは長次がいるからだ。だから帰って欲しくない。

だけどそんなの私のわがままだ。何を言ってんだ私は。元々いた世界に帰りたいに決まってるじゃないか。私だって自分が生きてきた場所が一番だもん。傘をずらすと仏頂面の長次がいた。まだよく表情を読むことは出来ないけど、もしかしたら気分を害したかも知れない。


「あの、ごめ」

「まだいい」


ぼそぼそと話す長次にしては、はっきりした声だった。


「…名前が」

「へ?」

「名前が、そう思わせた」


長次の言葉にはよく主語が入っていない。だけどその時違ったのは、いつも仏頂面の表情だった。


「ここは楽しい。だからまだいい…貴女が助けてくれたから」


ありがとう、と告げる彼は、微かだけれど、穏やかに笑ったのだった。





(雨の音が消えた気がした)

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