空が白くなる頃自然と瞼が上がる。学園でのくせだろう。体を起こして隣を見ると名前はまだ寝ていた。これはいつものことだけど。
布団を抜け出して忍装束に着替える。名前には秘密だが、こうして早くに起きては庭を借りて鍛練をしていた。鍛練と言っても腕立て伏せや腹筋など筋トレくらいしか出来ない。懐に縄慓があるが庭で振り回せば家にも植物にも傷が付いてしまう。頭巾を被って音をたてないように部屋を出た。
つい最近原因不明で未来へ来て、何も解らない私を助けてくれたのが名前だった。小さい割に受け答えのしっかりした子だと感心したら名前は年上だった。未来の娘はみんなそんなものなのだろうか。彼女は得体の知れない私に衣食住を与えてくれた。名前がいなければ私はどうなっていたのか。考えると怖い気がする。名前には本当に感謝しているのだ、これでも。
「……」
空がだいぶ明るくなって太陽が昇ってきた。庭に置いてあるジョウロを手に取り朝顔に水をやる。私の仕事のひとつだ。汗を拭って急いで室内へ戻る。手洗い場で顔を洗って水で濡らしたたおるで体を拭く。それからまた急いで部屋に戻って寝巻きに着替えて、布団に潜った。そろそろ名前が起きる時間だから布団に戻っていないと怪しまれてしまう。瞼を伏せて寝たフリをしているとピピピ、と人工的な音が響いた。目覚まし時計、というカラクリらしい。名前が小さく唸り、体を起こす気配がした。
「くわーっ…ねむ」
「……」
眠いのなら寝ていればいいのに。名前が眠いのを我慢して起きるのは私の分の食事を用意するからだ。それからごそごそと物音が聞こえてくる。これは名前が着替えている音だ。名前は私が寝ていると思っているから平気で着替えを始める。初めてその光景を目にしてしまった時は息が止まるかと思った。大体若い男女ふたりが同じ部屋で寝るのは間違っているだろう。得体の知れない男を家に泊めたり、名前は女としての自覚が足りないと思う。
「長次くん朝ですよー」
「……」
部屋に光が差し込む。名前がかーてんとやらを引いたのだ。狸寝入りの私は今目が覚めました風に目を擦り体を起こす。
「おはよ!」
「…おはよう」
名前と私には決まりが三つある。一つは『おはようおやすみを言う』こと。名前はにっこり笑ってべっどから飛び降りた。その拍子に短い丈の着物がひらりと揺れる。…短い丈の着物?
「…名前、その…」
「ん?」
「その、格好は…」
年頃の娘が足首も膝も、太ももまで晒している。はしたない格好にただただ狼狽した。嫁入り前の娘がつい最近出会った男の前でしていい格好じゃない。当の名前はと言うと「あ、これ?」と着物の裾を摘んだ。ただでさえ短いのにそんなことをしたらきわどいところまで見え隠れする。これだから名前は女としての自覚が足りないのだ。私は男なのに。…まさか男と思われてないのか。どんな反応をしたらいいのか解らず俯いた。
「これはスカートっていってね、制服なんだよ。長次の忍者服みたいなもの」
「……」
「えへへ…今日、学校行かなきゃいけないんだー」
「…何故」
「テストで悪い点とっちゃって、ノルマ越す為に学校で先生の手伝い」
俯いたまま、顔を上げられない。こんなふしだらな格好が制服とは世の中は随分変わったものだ。別のことを考えよう。名前がこれから学校に行くということは私は今日はひとりということか。名前は私の前に座るとぱんっと手を合わせた。
「夕方には帰れると思う。お昼は作っておくから」
「ああ…大丈夫…」
「決まり破っちゃってごめんね」
決まりその二、『ご飯は一緒に食べる』。名前は昼食は学校で済ませるから私とは食べない。だからそのことを言ってるんだろう。私は気にしていないのだが。首を横に振る。名前はぱあっと表情を明るくさせた。よく考えてみたら名前は小平太に似てるかも知れない。小平太と言えば今頃どうしているのだろう。私にボールをアタックしたを後悔しているだろうか。
私は、感謝してる。
「…気にしなくていい」
「うん!ありがと!」
決まりその三、『嬉しい時はありがとう』。名前は朝食を作る為にバタバタと階段を下りて行った。それを見て思う。貴重な体験をさせてくれた友人に向けて、ありがとうと呟いた。
(結局は、楽しんでる)