…ちょっと、待て。待ってくれ。私に時間をくれ。


「えーっと…」

「……」

「それ、ほんと?」


中在家くんは小さくコクリと頷いた。出会って5分くらいしか経ってないけど中在家くんはものすごく静かな人だということが解った。だけど解らないことが、たっくさんある。

まず、中在家くんはカレーを知らない。リビングに入って来た時もやけに挙動不審だった。おどおどした様子でテーブルに着き、カレーを差し出したらキョトン。しばらく睨んだ後に「これは?」とぼそり。ついついカレーを食べる手を止めてしまった。

次はテレビ。中在家くんはテレビも知らなかった。テレビを指差して「あの人が入った箱は?」とぼそり。開いた口が塞がらなかった。

そして最後に、中在家くんの話。話はこうだ。「自分は忍術学園にいて、日課の朝顔に水やりをしようとしたら同室の男がアタックしたボールが頭に直撃して近くの落とし穴に気付けず落ちて打ち所が悪かったのかそのまま気を失ってしまった。そして気が付いたらあそこにいた」とぼそりぼそり。ほんとはこんなサラサラ喋ってないけど面倒臭いから省略。

カレーを知らない、テレビを知らない、忍術学園にいた。いや、まず忍術学園ってナニよ。中在家くんは黙り込んだままカレーを睨んでいる。確かに忍者みたいな格好してるなぁとは思ったけど。ボールとかアタックとかは置いとくとして…まさか、ほんとに?


「…中在家くんって安土桃山とか…室町時代とかにいたりして?」

「…あぁ…」

「…うわー、マジでか」


中在家くんが嘘をついてるようには見えない。だとしたら、だ。彼は室町時代から来た忍者ということになる。漫画とかアニメとか、最近では映画でもあるけど、まさか現実にトリップが起こるなんて。ふと、オカ先の言葉を思い出した。満月の日は不思議で不思議じゃない日。…いや、これは不思議すぎるだろ。


「えーっと…落ち着いて聞いて欲しいんだけど、ここは室町じゃないんだよね」

「……」

「平成って言って、中在家くんのいたとこから500年くらい先の時代なんだけど」

「……」

「つまり中在家くんは未来に来ちゃったことになるんだけど」

「……」

「…大丈夫?」

「……」


中在家くんはゆっくり、ゆっくり頷いた。心なしか無表情の顔が青ざめてる。そりゃそうか、目が覚めたらそこは未来でした、なんて有り得ない話だもんね。カレーを口に運ぶ。味があんまりはっきりしないのは私の調理ミスじゃなくて緊張からだ。中在家くんが私を警戒してたのは見たこともないモノがたくさんあったからなのかも。忍者だし警戒心は人一倍強いよね。中在家くんは視線を下げて俯いてしまった。


「…うちに住む?」

「……」


中在家くんがぱっと顔を上げた。目をまんまるに揺らして私を見ている。


「行くとこないならうちに住みなよ。うち今家族いないし、その間に戻れるかも知れないし」

「……」

「遠慮とかしないでいいからさ」


もし自分が逆の立場だったとしたら。そうだとしたら、私はすごく不安だ。知らないものだらけで、知らない人ばっかりで。そんなの怖すぎる。助けて欲しいって思う。だから、助けてあげなきゃって思った。中在家くん、見た目は怖いけど、悪い人には見えないし。…根拠はないけどね。中在家くんはポカン、としていた。私は何か変なことを言ってしまったのだろうか。


「…いいのか…」

「おうとも!中在家くんが嫌じゃなければね」

「いや…済まない、苗字殿」

「苗字殿って…名前でいいよ。中在家くん私より年上かも知れないし。あ、年聞いても大丈夫?」


忍者だから個人情報は漏らしたくないのかも。ちょっとドキドキしたけど中在家くんはあっさり頷いた。


「…、…」

「ん?よく聞こえなかった」

「…十五」

「…ごめん、もっかい」

「…十五」


聞き間違えかと思ったら正しかった。中在家くんは、十五歳らしい。


「…私より年下ァ!?」

「……!」

「そんなびっくりした顔しなくても…ちなみに私十七ね」


中在家くんは更にびっくりした顔になった。マスオさんみたいだ。てゆうか、びっくりなのは私もだ。絶対に同い年か年上だと思ってたのに。これはあれだ。私が子供っぽいんじゃなくて中在家くんが大人っぽいのだ。この落ち着いた雰囲気は十五歳のものじゃないもん。十五って言ったら中3か高1くらい?どっちにしろ年下だ。


「…でもまぁ、しばらくここに住むんだし、苗字殿はナシね」

「…名前殿…」

「殿はナシ」

「…じゃあ貴女も」

「へ?」

「中在家じゃなくて、長次でいい」


…まぁ、うん。私が年上なんだし別にいいよね。堅苦しいのキライだし。私はカレーを食べる手を止めて綺麗に椅子に座りなおした。


「よろしくね、長次」

「…世話になる」





(忍者と友達になった)

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