「マック行かない?」

「今日はバイトがある」

「あんたってそればっか。名前は?」

「私は予約済み」

「…彼氏持ちはいいわね」

「ひがみか?」

「うるさい!」

「うるさいのは照代ちゃんと利吉くんだよ」


静かにしなさい、とふたりはオカ先から出席簿でぶっ叩かれた。それを見てブッと噴き出す。私も喋ってたのにラッキー。照代ちゃんと利吉くんから睨まれたけど無視した。静かにしなきゃHR終わらないよ。HR終わらないと帰れないよ。ニヤニヤ笑ったら照代ちゃんに消しゴム投げ付けられた。

オカ先の話が終わって学級委員長・利吉くんの号令がかかる。起立して頭を下げておしまい。照代ちゃんと利吉くんに手を振りながら教室を飛び出した。迷わず階段を上がって一番奥の教室に向かう。静かだけど電気が着いてる。やっぱり早いなあ。私はドアに手をかけた。


「長次お待たせ!」

「…図書室では静かに…」


ガァンッと派手に音をたててドアを開けたら長次からギロリと睨まれた。ごめんごめん、と手を合わせると長次は目を閉じてこくりと頷く。長次のクラスの担任は学校一静かな斜堂先生で無駄話なんか一切しない。HRもさっさと終わる。オカ先は絶対にオカルト話を挟むから斜堂先生を見習って欲しいものだ。長次は学校が終わると必ずこの図書室にいる。何故なら長次が図書委員だからだ。


「仕事は終わった?」

「…あと少し」


長次は積み上げられた本を持ち上げると本棚の裏に消えて行った。今日はふたりでケーキを食べに行く約束をしている。いつもは小平太がいてギャンギャンうるさいんだけど今日は部活に行ってるからいない。絶好のデート日和という訳だ。小平太が嫌いな訳じゃないけどたまには彼氏とふたりきりで出掛けたくなるのであって。今度小平太にはマック奢ってあげよう。吉野家でも可。ケーキを食べに行ったらプリクラでも撮りに行こうかな。でも長次プリクラ嫌いなんだよなあ。チュープリ撮ったことないし。まあ私も恥ずかしいんだけどーなんてデートプランを練っていたら長次が帰って来た。革鞄を持って近付いて来る。


「もういいの?」

「…あとは雷蔵がする…」

「じゃ行こうか。私は今日マロンタルトの気分だなあ!長次は何食べたい?」


どうせミルクレープなんでしょう?と笑って言えば長次はじっと私を見つめた。あれ?私変なこと言ったかな。つい立ち止まると長次はゆっくり口を開いた。


「名前」

「…え?」

「…名前」

「…あの、私は食べたいものを訊いてるんだけど」

「名前…」

「ちょ、長次!?」


ま、待て待て待て待て!食べたいもの→名前ってどういうことだ!いやその、そういうことなのか…!?今日はお前を食べちゃいたい気分なんだ…ってことなのか…!顔に火が着いたみたいに熱くなる私とは裏腹に長次はケロッとしている。それどころか手を伸ばして私の両肩を掴んで来た。ま、待て長次!ここ学校だしこここ心の準備が!


「…名前…早く…」

「早くって…!むっ、無理だよ!」

「早く、起きろ…」

「…え?」


早く起きろ?その言葉を聞いた途端私の目の前は真っ暗になり、体が浮き上がるような感覚に包まれた。






重たい瞼をゆるゆる持ち上げる。そこにはすっかり私服に着替えた長次がいて、じっと私を見下ろしていた。ぼんやりする頭で考える。今まで私が見ていたのは俗に言う夢、というものだったらしい。あの見慣れたような図書室も騒がしい廊下もオカ先もぜーんぶ夢。なんかリアルな夢だったなあ…嘘みたい。欠伸を漏らしながら体を起こした。


「…おはよう…」

「おはよ。今日は早いね」

「…神社に行くと、お前が言った」

「…あ。そうだった!」

「…早く着替えろ…」


そうだったそうだった。私が神社に初詣行きたいって行ったんだった。長次は呆れたように呟いて部屋から出て行こうとした。私が着替えるから気を遣ってのことだろう。お出かけ用の着物を引っ掴んで慌てて長次を呼び止める。


「長次、明けましておめでとう」

「…おめでとう」

「今年もよろしくね」

「…あぁ、よろしく…」


表情を和らげて言ったあと長次は部屋を出て行った。さてさて、早く着替えなきゃ。寝巻を脱いで素早く着物に腕を通す。

私はふと見ていた夢を思い出した。そう言えば初夢は本当になるんだっけ。現代の高校で私と長次が放課後デートか。それも悪くないなあ。私は込み上げる笑みを零しながら、オカ先は元気かなあなんて呟いた。