今日は西洋の神が生まれた日だと、名前が自分の時代に帰る時に言っていた。

あれから満月の日になればこちらとあちらの世界が繋がることが解った。名前は学校というのがあってたまには帰らなくてはいけないらしく今は学園にいない。全てを捨てる覚悟でこちらに来たのなら帰るな、と言えたならよかったのだろうか。残念なことにそんな我が儘じみたことを言うには年相応の変なプライドが邪魔をする。


「……」


灯台の明かりを頼りに頁をめくる。この部屋が静かなのは同室の小平太が鍛練に行って留守だからだ。たまにはこんな夜にふけるのも悪くない。机に向かったまま空を見上げると雲が泳いでいて月を拝むことは出来なかった。そう言えば、名前の話によると今日と言う日を『くりすますいぶ』といい、更には『さんたくろうす』と言う人物がよい子に贈り物をくれるらしい。名前の時代は随分と異文化を取り入れている。神無月の頃にしたはろいんもそうだった。名前の時代は忙しいのだろうか。でも、楽しそうで羨ましい。なんとなく縁側に出て、何処でもなく遠くを見つめた。


「……」


さんたくろうすと言う男は、欲しいものをひとつだけ与えてくれるという。私はもうよい子と呼ぶには遅いけれど、願いを叶えてはくれないのだろうか。答えの出ないことををぼんやり考えた時だった。部屋の中に人の気配を感じたのは。てっきり訓練帰りの小平太だと思って振り返った私は目を見張ることになる。


「……」

「や、やっほー」


控えめにひらひらと手を振るのは訓練帰りの小平太───ではなく、自分の時代に帰った筈の名前だった。すぐに鉢屋の悪戯かと思ったが鉢屋が名前の変装をするにしては体格が違い過ぎる。何より鉢屋が名前の時代の着物を持っている訳がない。何故、と言いたかったのに声にならず唇が空回りした。そんな私に構わず名前はにこにこと笑って近付いて来る。灯台に照らされた顔は、紛れも無く名前だった。


「…月は、まだ…」

「それがさ、こっちでは満月が五日も続いてたの」

「…何故」

「月に詳しい先生が言うには、よっぽど彼が君に逢いたいんじゃない?って」

「……」

「心当たりは?」


ない、とは、言えない。だけどハッキリあると言うのは恥ずかしい。よく見たら名前はにこにこしているのではなくニヤニヤしているのだった。つまり私が名前に逢いたいと想うあまり月が姿を変えた、と。満月が不思議な存在だと言うのは身をもって体験していたけどまさかこんなことが起こるなんて。これは、あまりにも、恥ずかし過ぎる。名前から顔を逸らして口元に手を当てた。冷えた指先で顔の熱を冷まそうとしたが効果はない。なんだこれは。有り得ない。恥ずかしい。それ以上に、嬉しい。未だに名前から顔を背けていたら突然首に柔らかいものが巻き付いた。振り返れば名前が少し赤い顔をして笑っている。


「…これは…」

「マフラーっていってね、防寒具だよ」

「まふらー…」

「クリスマスにはこうしてプレゼントするの。サンタクロースの代わり」


名前は説明しながら私の首にまふらーを巻いた。曝していた首元が包まれてぬくもりが篭る。これはいい防寒具だと感心した。夜明けの空のような深い藍色がとても綺麗で、私はすぐにまふらーが気に入った。


「私ね、学校辞めることにしたよ」

「…え」

「あっちに戻って後悔してたの。私は覚悟を決めて長次に逢いに行ったのに、なんでここにいるんだろって」

「……」

「家族に先生にも学校辞めるって言った。学校側には反対されたけど家族は快くオーケーしてくれたから、大丈夫」


ニッと笑う名前を、私は、信じられないモノを見る目で見ていた。名前は学校を辞めたと、確かにそう言った。私に逢う為に名前は、本当にすべてを捨ててきたのだ。学校も、名誉も、何もかも。私の為だけに。

大人の男であれば「馬鹿なことを言うな」と言うのだろうか。だが私は思うより先に手が出ていて、気が付いたら名前を抱き寄せていた。自分の為にそこまでさせたことが情けないと思う反面嬉しくて嬉しくて、幸せだった。腕の中にいる名前が慌てたようにうごうごと身じろぐ。不謹慎だけれど、子供っぽくて可愛いと思った。


「あ、あの、でも、お父さんがたまには里帰りしろって…長次が駄目なら私は別に」

「構わん…」

「お、お母さんが一度家に連れて来なさいって」

「…私も、名前を家に招きたい…」

「え…」

「……」

「まっ、マフラー!手編みじゃなくてごめんね!」


沈黙に耐え切れなくなったのか名前は声を張り上げた。前のはろいんの時とは立場が逆転していて面白い。あの時は始終名前はニヤニヤ楽しそうにしていたからこれくらいいいだろう。控えめに抵抗する名前にトドメを刺すようにぎゅう、と抱き締めた。


「ら、来年は頑張ります…」

「…来年も…」

「え?」

「…いや」


来年も隣にいてくれるのか。そう言いかけて、やめた。覚悟を決めた彼女には愚問だと思った。ふと空を見上げると見事な満月が浮かんでいる。よい子には程遠いけれど、さんたくろうすは私の願いを叶えてくれた。

くりすますいぶというのは悪くない。小さく呟くと名前がなにそれ、と拗ねたように言った。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -