朝から一年生がきゃいきゃいはしゃぐ声が聞こえる。何処からともなく甘い匂いが漂っている。一年生が騒ぐのも無理は無い、今日はハロウィンなのだ。上級生は下級生にお菓子をあげなきゃイタズラされてしまうちょっとした下剋上イベントである。
長次は昨日から準備をしていたから下剋上されずに済んだみたい。下剋上される長次も見てみたかったのに、残念。って言ったら縄標が飛んできた。そんなに怒らなくたっていいじゃないか。きり丸くんや怪士丸くんにイタズラされてる長次は絶対面白いと思うんだ。
「中在家先輩ありがとうございます!」
「…不破…」
「え?私の分も?下級生じゃないのに…ありがとうございます」
「金吾!四郎兵衛!三之助!はろいんだ!」
「まあ、たまにはこういうのも悪くないか。三之助、お菓子はこっちだ!」
「先輩っありがとうございます!」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ〜!」
「ははは喜三太、ナメクジは仕舞え。ほらお菓子」
「いっただきまーすっ!」
「先輩、ありがとうございます…」
「どういたしまして。ほら、作兵衛も食え」
「きょっ、恐縮です…」
「伊作せーんぱーいっお菓子下さーい!」
「待ってねーここに入れておいた筈…あ」
「? どうしました?」
「…蟻がたかってる」
「えええ!」
「ごめんね…僕が不運なばっかりに…!」
「文次郎先輩、はろい」
「バカタレ!行事に浮かれる暇があったら訓練をしろ!訓練を!」
「三木先輩はくださいましたよ」
「名前さんから下剋上されると聞いたので…」
「じゃあ委員長、イタズラですね!」
「な、左門!やめ」
「俺兵太夫からカラクリ借りて来たんだー」
「やめろォオオオ!」
「どうした藤内、お前も食べなさい」
「あっ、ありがとうございます…」
「せっかく仙蔵先輩をカラクリにひっかけようと思ったのに」
「私も私も」
「…喜八郎は上級生だろう」
「ほらっお菓子だぞー」
「ありがとうございますっ竹谷先輩!」
「孫兵もちゃんと食えよ。ジュンコも」
「ジュンコはお菓子は食べませんよ」
「伊助、三郎治。ほら、お菓子」
「ありがとうございます久々知先輩!」
「い、いただきます」
「兵助くん僕も僕もー!」
「お前は四年生だし俺より年上だろうが!」
「わーん!土井先生ー!」
「はいはい…」
「ほらふたりとも、はろいんだよ」
「ありがとうございます」
「…僕達っていつもお菓子食べてますよね」
「まあまあ。気にせず食べなさい」
どの委員会も楽しそうにしてたし、ハロウィン教えてよかったな。聞いた話によると文次郎くんはイタズラされてしまったとか…お菓子を買う時間がなかったのかな?可哀相に。団蔵くんのイタズラ、半端なかったらしいけど大丈夫かな。それにしても団蔵くんはストレスでも溜まってたのかな。文次郎くん、無念。
ぶらぶらと学園を廻った後することが無くなったから部屋に戻ることにした。長次はまだ委員会だからしばらく帰って来ない筈。昨日自分で作った団子があるからそれ食べよっと。
「…あれ?長次?」
「……」
部屋に入ると長次がいた。縁側に座り何かをもぐもぐと食べている。遠目に見てもいびつな形をしたそれは…私が昨日作った団子だ。
「ちょっとなんでそれ食べてんの!」
「……」
長次は何も言わずもぐもぐもぐもぐ。そんな形の悪い団子なんか美味しい訳ない。美味しいとしても、私は恥ずかしい。見た目が悪いから、だから自分で食べようと思ってこっそり隠してたのに。長次に近付くと丁度ごくん、と団子を飲み込んだところだった。隣に腰を降ろして顔を覗き込む。
「…美味しい…」
「でも見た目悪い」
「見た目より味…」
「長次は見た目も味もいいからそんなこと言えるの」
彼氏より下手くそなんて女として結構悔しい。器用なのは知っていたけどここまで女性的だとは思わなかった。見せたくなかったのに。長次のバーカ。
「…イタズラ」
「ん?」
「…あげるものが無いから、イタズラしていい…」
だから機嫌を直せ、と。長次の言葉に目を丸くする。別に拗ねていた訳ではなかったのだけど。それに長次の後ろにボーロが置いてあるのが見えている。それなのに無いと言って身を差し出すとはこの男、自分を犠牲にするつもりなのか。…なんだか長次らしいな。かなり子供扱いされてる気がするけど。
長次の胸にしがみつく。長次の体が揺れるのが解った。長次はいきなり飛び付かれたりするのに慣れてないから今でも時々こうして初な反応をする。それを可愛いと思ってるのは内緒。長次の忍者服は太陽の匂いがしてすごく心地よかった。寒くなりつつあるけど、今はすごくあったかい。
ごめんよボーロくん。カチコチになっても明日ちゃんと食べるから、今は私にイタズラさせてね。