「はろいん?…ハロウィンのこと?」
そう言うと長次はコクリと大きく頷いた。渡された本をジッと睨み付ける。室町と平成じゃ字体が全く違うから全然読めない。長次が言うにはハロウィンについて書いてあるらしいけど、ごめんなさい。さっぱりです。本を閉じて長次に返した。
秋の終わりにある南蛮の祭について教えて欲しい、と言われた。祭の名前がちょっとおかしかったけどそれは仕方ないとして。長次は色んな本を読むから海の向こうの国について人より詳しいらしい。そう言えば時期的にハロウィンが近かったっけ。かぼちゃプリンが食べたいなあ。
「ハロウィンってのはー…簡単に言うと、小さい子にお菓子をあげなきゃイタズラされちゃう、ちょっとした下剋上イベントだよ」
「…そうなのか…」
「…たぶん」
間違って無い、と思うけどなあ。トリックオアトリート!なんて言葉があるんだしハズレではないはず。長次は持っていた本に視線を落としている。下剋上、の言葉に驚いてるみたいだ。
「…どれくらいまでの子が、小さい…?」
「うーん…学園で言ったら下級生くらいかな」
「下級生…三年生…」
長次がぶつぶつ何かを言うのは珍しい。ハロウィンの何が気になるのかな。長次は本を小脇に挟むと箪笥を開いた。中から白く綺麗に畳まれたものを取り出す。なんだろう?それは2枚に分かれて、ひとつは私へ差し出された。よく解らなかったけど取り敢えず受け取る。広げてみるとそれは…割烹着?
「なんで割烹着…ぶっ!」
割烹着を眺めた後長次を見上げたら長次は既に割烹着を装着済みだった。ちょっと待って、これは一体なんのギャグなの。長次はいつもの仏頂面で私を見ている。何してるんだ?的な視線で。それはこっちの台詞なんだけど。どうしてハロウィンから割烹着になるんだよ。お菓子を作る気なのかな。そりゃ確かにお菓子の話をしたけど流石に作るなんて…いや、長次なら有り得る。手先器用だし。どこと無く割烹着が似合ってるし。固まる私を余所に、長次はぼそりと呟いた。
「…食堂へ行こう…」
お菓子を作りに。そう言う長次の目は本気で、私は込み上げる笑みを堪えながら立ち上がった。
「はろいんって先輩達からお菓子貰えるんですか!?」
「うん。もし貰えなかったら四人は食満先輩にイタズラしていいんだよ」
「わあっ!はろいん楽しみだな〜!」
「名前、それ本当なのか?」
「ほんと。留くんは明日に備えてお菓子買ってた方がいいんじゃない?しんべヱくんたくさん食べそうだし」
「うっ…」
「僕っみんなにはろいん教えて来る!」
「ぼ、僕も…」
「あ〜ん、ふたりとも置いてかないでよぉ〜!」
喜三太くんがカウンターから離れて食堂を飛び出した。その後ろに平太くんとしんべヱくんが続く。この調子じゃ三十分もすれば学園中に広がってるだろうなあ。上級生達の慌てる顔が目に浮かぶ。留くんはハァと溜め息を吐き出した。でも、困った感じの優しい笑顔。留くんは子供が好きだからまんざらでも無いんだろうな。
「俺も上級生に教えて来る。何も知らないままイタズラ、ってのも可哀相だからな」
「それがいいね。先生とかにも教えた方がいいかも」
「だな。うし、ちゃんと作兵衛の分も買ってやるからな」
「い、いえっ私は!」
あたふたと慌てる作兵衛くんに笑いかけながらじゃあ、と留くんは軽く手を振って食堂を出て行った。今夜は騒がしくなるんだろうな。ちょっと面白そう。ちなみにこの時代じゃ「ウィン」の発音を使うことが無いから、どうしても「イン」になってしまうみたいだ。ハロウィンじゃなくてはろいん。でもまあ、可愛いからよし。
厨房へ目をやる。長次は鍋に入れたあんこを掻き混ぜていた。その隣にはボーロがひとつ。長次は委員会の後輩にあげるらしい。図書委員会には一年生がふたり、二年生と五年生がひとりずついたはず。この量の多さを考えると長次は五年生の分も作ってるみたい。長次らしいよなあ。
「きっとみんな喜ぶよ」
「……」
「よし、私も作る!」
長次の隣に並んで団子を丸める。長次を見上げるとどこと無く楽しそうで、生まれて初めてハロウィンが待ち遠しいと思った。