なんとあの学園一無口な中在家長次が「好き」だなんて言葉を言うとは誰が思っただろう。一年の頃からずっと一緒に行動していたけどこれには驚いた。天井裏からこっそり覗いていた七松小平太は心の中でむむむ、と唸る。

あの長次が、まさかあの長次がまさか。酷い言い草かも知れないが、長次を知る者なら皆言うだろう。色恋沙汰には縁の無い男だと思っていたから。…まあそれは私も同じことなのだが。だけど長次は同性でも上手くコミュニケーションが取れない。無口で無表情であまり人との関わりが持てない。そんな男だから恋人が出来たということに、ひたすら驚いた。


(笑ってる)


長次があんな風に笑うところなんて初めて見た。あんな風に優しく触れるところだってそう。あの男も、あんな口接けをするのか。


(よかったな、長次)


未来から帰って来てからの長次はずっと暗かった。元から無口な男がますます口を開かなくなって、開いたかと思えば零れるのは言葉じゃなくて溜め息。よっぽど気が散っているのか、伊作程じゃないけど落とし穴にもよく落ちていた。いつもなら落ちない長次だからみんな心配した。でもどんなに優しく接しても励ましても、長次は暗いままだった。

名前のことを知ってるのは私だけで他の六年は知らない。軽々しく話しちゃいけない気がした。だから私はひとりで、長次はよっぽど名前のことが好きなんだなあと思った。こんな風に天井にいたらすぐに気配で解るはずなのに長次は気付いた様子も無い。それくらい名前に夢中なのだ。彼女の何が長次を惹きつけたのかは解らない。それでも長次があんな風に笑って見せる女性だ。きっといいひとなんだろう。


(…少し寂しいかも)


長次のことが解るのは私だけだとばかり思っていたから、少し悔しい。これからの長次は名前にべったりになってしまうんだろうなあ。もうバレーは出来ないのだろうか。そう考えると、ほんの少し、悲しい。


「そう言えば七松くん、今何処にいる?」


ふと、名前の口から私の名前が出てきた。まさか私のことが出てくるとは思わずつい目を見張る。どうして私のことを?長次は少しだけ首をかしげている。


「…何故…」

「昨日はいきなり部屋にお邪魔しちゃったし、あとお礼が言いたい」

「礼…」

「うん」


お礼?私は名前に何かお礼を言われるようなことをしただろうか。名前に夕食を頂いたり泊めて貰ったり、私がお礼を言わなくちゃいけないことならあったけど。頭の上から名前を見つめる。名前はえへへと照れ臭そうに笑った。


「七松くんが長次を落とし穴に落とさなかったら私は長次と出逢ってないから」

「……」

「だからありがとうって、言いたいなあって」


名前の言ったことに、それに対して穏やかに笑う長次に、ぱちくりと目を丸くする。あれはただの偶然なのに、感謝してくれるのか。私を捜してまで、言おうとしてくれるのか。名前も長次も、私を蔑ろにはしないのだろうか。

長次がどうして名前を好きになったのか、なんとなく解った気がする。

なんだか無性に嬉しくなってきて、悲しさなんか何処かに吹っ飛んだ。堪らなくなって頭で天井を突き破る。名前が「ひぃッ!?」と悲鳴をあげたけど気にしない。天井から肩くらいまで出して、宙ぶらりんのまま叫んだ。


「感謝することないぞ!ふたりが幸せなら私も嬉しい!」

「な、七松くんいつからそこに…!」

「ん?おはよ!あたりからかな!」

「最初からかよ!」


名前ツッコミ上手いなあ。どんどん真っ赤になっていくし面白い。くるんと回って畳の上に着地する。名前を眺めてのんびり考えていた私の耳にヒュンヒュンと空を切る音が聞こえた。聞き慣れた、でも久々に聞く音。これは確か長次が縄標を回してる音…ん?


「ふへへへへ…」

「おおっ?」


振り返ると背後で長次が縄標を回している。口の端を引き攣らせて、学園のみんなが知るあの不気味な笑顔だ。笑顔だけどこれは長次の怒りを表している。覗かれたことに怒ってるみたいだ。この怖い笑顔も久々に見る。

でもな長次、私はもう知ってしまった。長次が普通に、優しく笑えるってこと。名前の前では自然と笑うってこと。それが同室の私じゃないのがちょっと悔しいけど、でも名前なら大丈夫。それに私がふたりを繋いだんだ、それくらい知ってても許してくれるだろ?


「だから逃げる!」

「ふへへへへ!」


戸を蹴り飛ばして部屋を飛び出す。その後をすぐに長次が追いかけて来た。名前が笑ってる声が聞こえてきたから、つられて笑う。長次に追いかけられるのはいつぶりだったっけ。図書室の戸にバレーボールで穴を開けた時以来だったかな。初めて長次を怒らせたのはお気に入りの本を破いた時だった。あの時はお互い泥まみれになったんだ。

これからもこうやって追いかけ合いっこ出来るかな。時々は名前も一緒に。そしたら、楽しいだろうなあ。

飛んで来た苦無をひらりと躱して見上げた空は、綺麗な綺麗な青い色。





(逃げ逃げどんどーん!)

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