チチチチ、と雀の囀りが聴こえた。瞼を透かして光が眩しい。あれ、もう朝か。あんまり寝てない気がする。目覚ましも鳴ってないし。ゆっくり瞼を持ち上げて、まず視界に映ったのは見慣れない天井だった。木の板が何枚も並べてあって和風な天井。私の部屋の天井とは大違い。なんか木のいい匂いがする。…あ、そう言えばここは…。


「…起きたか…」


ぼそりと小さな声が聞こえて視線を泳がせる。体を起こすと着物に袴姿の長次が机に向かって本を読んでいた。それを確認すると胸がわくわくしてニッと笑って見せる。長次が本をパタンと閉じて私と向き合った。


「おはよ!」

「…おはよう…」


昨夜、私はこの忍術学園の学園長と会って話をした。や、話をしたのは主に長次なんだけど。彼女は未来の人間だとか自分を助けてくれたとかそういったことを。学園長はなにひとつ否定せずに全部聞いてくれた。

予想の話だったけど私は次の満月まで帰れない。その間この忍術学園に住まわせて欲しいということを、長次は大胆にもお願いした。流石にそれは無理だろう。ここは忍者の学校なんだから私みたいな怪しいのがいたら騒ぎになってしまう。悲しいし不安だけど野宿とかしなきゃだ。そんな風に思ったのに。

「生徒を助けてくれた恩人を歓迎こそすれ追い出すなんて真似、儂には出来んし誰にもさせんわい」

学園長は男前だった。学園長のご好意で私は学園に置いて貰えることになった。寝る場所云々は後々決めるとして昨日は長次の部屋で寝たんだ。長次と七松くんと、そして衝立を挟んで私、といった風に布団を敷いて。長次と七松くんには悪いことをしてしまったなあ。そう言えば七松くんがいないけど何処行ったんだろ。体を伸ばして深呼吸。長次と目が合って、へらっと笑う。目が覚めてこんなに温かい気持ちになれたのは久し振りだ。両手をぐっと上に伸ばして深呼吸するとなんだか気持ちがよかった。


「…名前は、怖くなかったのか」

「…こっちへ来るの?」


そう言えば長次はこくりと頷いた。ゆっくりした動きなのにしっかりした態度。一ヶ月ぶりに見る仕種を少し懐かしく思いながら首を捻る。まぁ確かに正直言うと怖かった。もしかしたら帰れないかも知れない。今まで自分が住んでいた世界と家族とサヨナラかも知れない。それに室町時代なんてまだまだ戦が平気であってる時代だ。私みたいな平凡な人間が生きていけるような世界じゃない。今改めて考えてみると私はかなり恐ろしいことをサラっとしたんだなあと思う。思うんだけど、私は。


「長次に逢えないことの方が何万倍も怖かったよ」

「……」


未来なんて曖昧なもの。誰にも解らない。そんなあやふやなものに怯えるより、私は長次を失うことの方がずっと怖かった。長次は目を小さくした後に何度か瞬いて視線を下げる。言葉に困った時にする仕種だ。布団から出て四つん這いになり長次に近付いた。


「朝顔の花言葉、調べた」

「…愛情」

「うん。愛情の絆」


オカ先に教えて貰った朝顔の花言葉。それは『儚い恋』とは真逆の『愛情の絆』というものだった。これを知ってて長次は言わなかった。たぶん長次も怖かったんだ。断ち切れない想いがあると解っていたけど、想えば想う程苦しくなることも解っていたから。見えない先に怯えた。いずれ別れる想いを『絆』なんて言えなかった。臆病な自分を隠す為に『儚い』で曖昧に誤魔化した。

だけど、思う。傷付かない恋なんて無い。怖くて怖くて、それでも焦がれてしまうから恋なんだ。だから私は長次を追いかけて来た。すべてを捨てて、長次に逢う為だけに。これを『儚い』だなんて曖昧な言葉で表して欲しくない。強い『絆』だと、私は言って欲しい。

長次の隣に座る。そっと肩に寄り掛かってみた。長次は少し戸惑うように肩を一度だけ揺らしたけど、振り払うことはない。長次の肩から長次の鼓動が伝わるのが解ってなんだか嬉しくなる。長次が私の傍にいる。私は長次の傍にいる。そのことがすごく、安心した。


「…すまん…」

「へ?何が?」

「…色々と」


長次の手が伸びて来て頬にそっと触れる。親指で目尻を優しく撫でられた。昨夜あれだけ泣き叫んだからきっと跡が残ってるんだろう。なんだか瞼が腫れぼったいし。かっこ悪い。長次は自分が泣かせてしまったと責任を感じてるんだ。でも、それなら私も謝らなきゃいけない。私も手を伸ばして長次の頬に触った。私が昨夜、思いっきりぶっ叩いた頬だ。


「私こそごめんね」

「…見た目より痛くない…」


嘘だ。じんわり手形が残ってるのに痛くない訳ない。何も叩くことなかったよなあ。しかもこんなに思いっきり…。ただでさえ傷があって痛々しい長次の顔が可哀相に見えて来た。…そんな風にしたのは私なんだけど。痛くないように撫でたら長次も親指をゆっくり動かした。

寄り添ってお互いに顔に触れ合っているこの状態はよく考えなくても恥ずかしい。だけど、てのひらから長次の鼓動が伝わる。あたたかくて心地よい。それが嬉しくて手が離せないのだ。でもやっぱり顔がじわじわと熱くなる。これ、絶対長次にばれてる。でも振り払うのも嫌だ。目が合ってまた長次の指が動く。唇がゆっくり開いて、言葉を紡いだ。


「好き、だ」

「…私は愛してるんだけど」

「……」


珍しくはっきりした言葉にニッと笑って言ってやれば長次は驚いたように目を小さくした。言ってから心臓がバクバク暴れ回る。言わなきゃよかったかも?長次の顔から手を離す。すると自分の膝に落ちる前に、長次の骨張った手が強く握り締めた。

次に聞こえたのは、とても静かに、穏やかに微笑する声。


「…俺も」


そうして自然に重なった唇は、ひどくやさしくて、ひどくあたたか。





私達はきっとこれからもたくさんの壁にぶつかるだろう。時代が違うし相手は忍者だ。戸惑うことなんか山ほどあるはず。いつか死ぬような目に遇うかも知れない。だけど、私と長次は繋がっている。切れない絆で結ばれている。だから、大丈夫。乗り越えて行ける。危険でも、私は長次の傍にいたい。長次と同じ道を歩きたい。長次と同じ世界を見たい。

長次と未来を生きたい。





ただ、それだけのこと。

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