すぐ家に帰って荷物を纏めて庭へ出た。でもどうしたらいいのか解らず立ち尽くしていたら様子がおかしいことに気付いた家族が庭に出て来た。だから全部話した。今からあっちへ行く、もしかしたら帰って来れないかも知れない。そう言ったらお母さんは笑って「行ってらっしゃい」と言ってくれた。妹も「こいするおねえちゃんはすてきよ」と生意気なことを言いやがる。お父さんはえぐえぐ泣いてたけど。

ふと庭に置いてある朝顔が目についた。そう言えば長次も七松くんも朝顔関連で落とし穴に落ちてこっちに来たんだっけ。それなら落とし穴だ!家族に説明して落とし穴を作る。辺りが真っ暗になる頃にはお父さんの身長くらいの落とし穴が出来ていた。

朝顔を片手に落とし穴に飛び込む。普通にトンッと足がついた。…無理なのかな。お母さん、と呼ぼうとしたら足場が消えて、私は再び落とし穴に落ちてしまった。しかもちょっと深いし。朝顔と荷物を抱えて穴から這い出て、様子が違うことに気付いた。真っ暗だ。電気の光が無い。

顔を上げると、見慣れた顔が映った。


「…長次…」

「……」


白い着物を着た長次が、すぐそこにいた。目を見開いて口も半開き。何故だか裸足で、ゆっくりと歩み寄って来た。つられて私も歩き出す。

ずっと逢いたいと思ってた相手が、目の前にいる。言いたいことも訊きたいこともたくさんあるのに声が出ない。口を開いたら乾いた息が零れるだけ。何も変わってないや。一ヶ月じゃそんなものかな。声が出ない、息が苦しい。手を伸ばせば届く距離まで近付いて、不意に立ち止まったのは長次だった。


「…何故、来た」

「…え?」


長次の言葉に足が止まる。頭が真っ白になって息が詰まった。ナゼって、ナニ。長次は眉間に皺を寄せて私を見下ろしている。結んでない髪が夜風にさらさらと揺れた。

逢いたくて逢いたくて苦しかった。長次もそうだと、思ってた。だからもしも逢えたらすごく感動的だなって考えてた。それなのに何故来た、って。逢いたかったのは私だけだったのかな。苦しいのは、好きなのは、全部私だけだった?目の奥が熱くなって鼻がつんと痛くなって、強く瞼を閉じた。

パンッ、と乾いた音が響いたのは一度だけ。


「……」

「何故って、なに」


叩かれたまま横を向いた長次の顔に吐き捨てる。長次の目が小さく揺れるのが解った。叩いた手が痛くてむず痒くて、爪が刺さるのも気にせず拳を作る。長次がゆっくり、ゆっくり私を見る。その視線を真っ正面から受けてギッと睨み付けた。口を開いたら止まらなくなって、一気にまくし立てた。


「そんなの、こっちの台詞でしょうが!」

「……」

「長次がいなくなった次の日は生ゴミの日だったの覚えてる?でも長次がいなくなるから私が捨てに行ったの。あんな重くてクッサイものを私が捨てに行ったの!当番の長次がいないから、私が!」

「…すまん」

「スマンじゃ済まない!」


違う。こんなくだらないことを言う為に来たんじゃないのに。言いたいことは、他にたくさんある。でも違う言葉ばっかり出て来る。だってショックじゃないか。せっかく逢いに来たのに何故って言われると思わなかった。長次に振り回されるなんて嫌だ、私だって振り回してやりたい。びくびくしてるのが私だけなんて悔しい。不安で堪らないのが私だけなんて腹が立つ。

それなのに、視界が滲む。


「私は!ずっと長次のことを考えてた!毎日毎日苦しくて死にそうだった!」

「……」

「なのに何故って言われるとか、思ってもみなかっ…!」


最後は言葉にならない。嬉しいと苦しいがぐちゃぐちゃに混ざって涙がぼろぼろ出てきた。最悪だ、私。いきなり叩いて怒鳴りつけて泣き出すなんて。こんな筈じゃなかったのに。

長次はゆるゆると叩かれた頬を押さえた。呆然と私を見つめている。私が泣いたことに驚いてるみたい。私は長次の前で泣いたことがなかったし泣くようなキャラでもなかったから。長次の口は相変わらず半開き。何か言えばいいのにやっぱり無口な長次の態度に苛々してどんどん怒りが込み上げてくる。涙を拭くのも忘れて息を吸い込んだ。


「男ならっ、抱き寄せて逢いたかったくらい言えっての!覚悟決めて逢いに来た私が馬鹿みたいじゃん!」

「……」


長次の唇が開いて、何も言わないまま閉じる。なんで何も言わないの。もう一発叩いてやろうかと考えて手に力を篭める。長次を見るのが怖くなって俯いた。


「…私のこと、もう、嫌いになった…っ?」


涙が頬を滑って顎に伝い、地面へ染み込む、瞬間。

気が付くと私の口は長次の逞しい胸板に塞がれていた。一瞬訳が解らなかった。背中に回された腕が、引き寄せられた体が、熱い。それから抱き締められてるんだと、やっと理解した。長次に抱き締められたのは初めてで胸がぎゅうっと苦しくなる。でも、嫌な苦しさじゃない。息が詰まりそうなのに、嫌だとは思えなかった。


「…逢いたかっ、た…」

「…っうん…」


長次の声が震えてる。震えてるのは声だけじゃなくて体もだったけど知らないふりをしよう。そう。長次だって怖かったんだ。私がいきなり現れてびっくりしてしまったんだね。長次の柔らかい髪が頬を撫でてくすぐったい。行き場をなくした手をそろそろと背中に回したら強い力で抱き締められた。骨が軋むくらい力が強かったのに不思議と痛くなくて、心地よかった。


「あー、邪魔するみたいで悪いんだが、私もいるぞー」

「!!!」


幸せに浸っていたら急に第三者の声が聞こえてきて慌てて長次と体を離した。声のした方を見れば長次と同じで裸足の七松くんがいる。右手を団扇代わりに顔をぱたぱた扇いでいた。あれ、七松くんいたっけ…!全然気付かなかったし…!長次に抱き締められた時は何とも無かったけど今になって顔が熱くなってきた。見られてたとか有り得ない。長次を見れば七松くんを睨んでいた。


「見せ付けてくれるなぁ」

「な、七松くんからかわないで…!」

「わはは!真っ赤だぞ!」

「…名前…」


長次の手が腕を掴む。そしてそのまま歩き出して七松くんの隣に並んだ。七松くんはニカッと笑ってる。そしてバシンッと長次の背中を叩いた。叩かれた衝撃で長次の体ががくんっと揺れる。口の端がクッと吊り上がってヤバイと思った。でも七松くんは「学園長のところに行って来い!」とだけ言うと何処かへ走り去ってしまった。いけいけどんどーん、とか言いながら。


「…行こう」


長次の手がするりと滑って、手を握る。そのまま歩き出した。多分学園長って人のところへ行くんだろう。

ぎゅっと手に力を入れたら長次は一度手を離して、指を絡めた。それからまた、お互いに強く握り合う。

絶対に離れないように。





(もうはなさない)

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