変わったことは何もない。ひとつ言うなら夏休み直前にお母さんがくじ引きで沖縄旅行を当てて家族みんなで可愛い可愛い娘ひとり残して旅行に行きやがったことくらいだ。戸締まりはしっかりな、とお父さん。おみやげかってくるから、と妹。私はといえばテストの結果が悪くて夏休み中に学校で追試。これさえなければ私も今頃沖縄でゴーヤチャンプルでも食ってんだろうなあ。
「はぁ…」
「溜め息ついてないでそこのプリントまとめてよ」
「はいはい」
「ハイは一回」
目の前にあるプリントをホッチキスでカチン。それを隣にいる白衣姿の男に渡す。この男は生物担当の教師の岡田先生。オカルトを語らせたら右に出る者はいないらしく家には髪が伸びる日本人形があるんだとかないんだとか。オカルト大好き岡田先生、私はオカ先と呼んでいる。
「沖縄にいけないのは名前ちゃんが赤点をとるからでしょ」
「喧しい。オカ先がいつもオカルト話するからだ」
「他の子は点数とってるよ。授業中に寝るのがよくないんじゃないかな」
正論だ。悔しいけど、オカ先が正しい。ちなみにオカ先にはタメ口だ。オカ先は何も言わないからこれでいいのである。
「僕の手伝いでチャラになるんだもの、簡単でしょう?」
「はいそうです、オカ先には感謝してます」
「よろしい。今日はもう上がろうか」
まだまだプリントの山は消えていないけど空はオレンジ色になっていた。これはまた学校に出て来ないといけないんだろうな。まあ、大量の課題を出されるよりはマシだけどね。鞄を取って教室を出る。既に廊下で待っていたオカ先が鍵を閉めた。長い時間座ってた所為でお尻が痛い。さてと、今日の夜ご飯は何にしようか。お尻を撫でながら廊下を歩いていたらオカ先がおや、と間抜けな声で呟いた。
「どしたの」
「今夜は満月だよ」
「それが?」
「満月の日っていうのは不思議なんだよ。何が起きても不思議じゃないんだよ。ふふ、ふふふ…」
不思議なのか不思議じゃないのかどっちなんだよ。そうツッコミを入れてやろうかと思ったけどやめておく。オカ先が恍惚に満ちた顔をしてる時は何を言っても無駄なのだ。廊下にかけてあるカレンダーを見つめてうっとりしてるオカ先を置いて、私は下駄箱へと向かった。
「なにこれ」
家に着くと玄関に置いてある朝顔が見るも無惨な姿になっていた。朝は綺麗に咲いていたのに、プランターが倒れて中の土やら肥料やらをぶちまけてる。この朝顔は妹(小1)が夏休みの宿題で学校から持って帰ってきたものだ。みずやりおねがいね、と妹の留守を任されていたのだけど。野良猫の仕業かな、酷い猫ちゃん。普段ならそれだけでスルーする私だけど今回はそうもいかなかった。ぶちまけられた土やら肥料やらが庭の方に続いていたからだ。プランターを立てる。荷物を玄関に置いて、ゆっくり庭へ向かった。
「……」
そこにいたのは猫ちゃんでもなく泥棒さんでもなく、緑色の服を着た男の人だった。
(空には満月が輝いていた)