長次が言うには30分くらい前に庭からすごい音がして、行ってみればこの七松小平太くんがいたらしい。七松くんは忍術学園の生徒で長次と同じクラスでそして長次がトリップした原因を作った張本人だとか。バレー好きなんだ!と笑う小平太くんを睨む長次は怖かった。長次が言うやたら動く人って七松くんのことだなってなんとなく思った。

七松くんが言うには長次がいなくなって一ヶ月、学園のみんなで探し回ったけどなんの手掛かりもなくて途方に暮れていたらしい。夜中も色々なところを探し回って、やっぱりいなくて部屋に戻ろうとした時に中庭にぼんやり光るものを見付けて近付いた。それは長次が育てていた朝顔で、朝顔が光るなんて、と不思議に思って手に取ると足元にあった落とし穴に気付かず真っ逆さま。


「それでうちの庭に落ちて来たの?」

「カラクリに落ちたのかと思ったが長次がいたからびっくりしたぞ。でも見つかってよかった!」


豪快に笑って隣にいる長次の背中をバシバシ叩く。長次は無表情のままパスタをもぐもぐ。あれからしばらく硬直していた私だけどとりあえず行動しなきゃと思って夜ご飯を作った。パスタ買い置きしててよかった。七松くんが今食べてる分は既に3杯目。よく笑うしよく食べる、長次とは正反対のタイプだ。長次はフォークの使い方をすぐ覚えたけど七松くんには難しいみたいでうどんを食べるみたいにズルズル食べてる。仕方ないから行儀が悪い、とか思わない。口の周りにソースつけて、ほんとに長次と正反対だなあ。


「全然食べてないな。腹痛いのか?」

「や、大丈夫だよ」


七松くんが眉を下げる。私は慌ててパスタを口に運んだ。本当は食欲なんて無かったけど、無理矢理笑う。七松くんはそっか、と言って最後の一口を食べた。コップの水を飲み干して両手を合わせる。


「ごちそうさま!すごく旨かったぞ!」

「そっか、よかった」

「長次はまだか?早く帰らないとみんな心配してるぞ」



七松くんが椅子から立ち上がって長次の肩を揺する。長次の眉間に皺が寄ってすごく迷惑そうだった。

そんなことが気にならないくらい、私は勢いよく立ち上がった。

椅子がガタンッと音を立てて揺れた。後ろへ倒れることはなかったけど、倒れてもおかしくなかった。長次の手が止まり、私を見上げる。


「…名前…」

「…お、お風呂、入っていきなよ。せっかくだし泊まってって!」

「え?しかしなぁ…」

「いいってば!私お風呂の準備してくるね!」


七松くんが何か言いかけたのを無視して私はお風呂場に走った。脱衣所に入ってドアを閉めると、膝から力が抜けてその場に座り込んだ。

七松くんが見た光る朝顔を、七松くんは持ったまま落とし穴に落ちた。だから今庭に置いてあるけど、確かに光っていた。花びらだけがぼんやり神秘的に光っていた。だから思った。多分あれが光っている間は、帰れるのかも知れない。満月だからあっちの世界とこっちの世界が繋がっていて、あの朝顔が懸け橋の代わりをしてるのかも知れない。自分がどれだけ馬鹿馬鹿しいことを考えてるか解ってる。でも私は室町時代から来た人間をふたりも見たんだ。馬鹿馬鹿しいなんて言ってられない。だから七松くんを疑いもしない。しない、から。

「早く帰らないとみんな心配してるぞ」

このままじゃ長次は、長次が、帰ってしまう。そう思ったら苦しくて苦しくて、夢ならいいのにって何度も思った。










カチリ、カチリ、カチリ。時計の音がやけに大きく響く気がした。首を横に向ければ床で私に背中を向けて長次が寝ている。その隣で七松くんがすかーすかーといびきをかいてる。


「…長次、起きてる?」


小さく声をかける。すると長次の肩が少しだけ動いて、ゆっくりこっちを向いた。薄暗かったけど長次がちゃんと目を開けてるのは解った。ベッドの端まで行って長次を見つめる。


「…明日、帰るの?」

「……」

「長次は、それでいいの?」


七松くんが来てからの長次は一言も喋らなかった。普段からあまり喋らないけど一言も何も言わないなんてことは今まで一度もなかった。様子がおかしいのはお互い様。長次だって何か考えてる。でもやっぱり長次は何も言わない。

私だけが苦しいのかな。私だけが離れたくないのかな。長次は、違うのかな。色んな感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになったけど泣いたらますます話せない。だから必死で我慢した。


「…別れは、決まってた…」

「っ、でも」

「それでも」


解っていたけど、そんな言い方って無い。言い返そうと口を開いたら珍しく長次に遮られた。見れば、時々見せるあの穏やかな目をしていた。


「…確かに、想っていた」

「!」

「…私は、帰らないといけない…でも、名前のことは、絶対に忘れない」


―――どうしてそんなことを言うんだろう。嘘だと解ってても「帰らない」と言ったら泣き喚いてやろうと思ったのに。困らせてやろうと思ったのに。なんで、そんなこと。

忘れないなんて嘘だ。きっと私のことなんてすぐに忘れてしまう。長次は顔は怖いけど優しくていい人なんだからその気になればすぐ恋人が出来て、それで私なんかすぐに忘れてしまうんだ。それならそれで私だって長次よりかっこいい人を見つけてやる。本気を出せば彼氏のひとりやふたり簡単なんだから。そしたら私も長次を忘れてやるんだ。

そんなこと、絶対に無理なんだけどさ。


「……」

「…、名前…っ」

「静かにしないと七松くん起きちゃうよ」


ベッドから抜け出して長次の布団に潜り込む。長次の声が震えたのが少し面白かった。長次の胸にぎゅっとしがみつく。シャツを強く握り過ぎて指先が痛んだけど今は気にならなかった。


「…私も忘れない」

「……」

「だから、帰らないで」


あっちには長次を心配してる人がいる。長次の帰りを待つ人がいる。ここにいたら長次は立派な忍者になれない。だけど私は帰って欲しくなかった。自分がどれだけ最低なのか解ってる。好きなだけ罵ればいい、それでも長次を離したくない。寝るもんか。離すもんか。じゃないと、長次が帰ってしまう。

長次の手が私の頭を撫でる。それが悔しいくらい心地よくて私の意識は次第にまどろんでいった。嫌だよ、行かないで。帰らないで。傍にいて。どれもこれも言葉にはならない。意識が完全に沈む前におでこに柔らかいものが、そっと触れた。





(済まないって言わないで)

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