「改めて見たけど綺麗だね」
庭で筋トレをする長次を眺めながら朝顔を観察する。因みに忍者服じゃ近所に目撃された時が困るからお父さんのジャージとシャツを貸してあげた。よかったねお父さん、これ裾長いよお父さんじゃ長いよーって言ってたジャージが役に立ったよ。長次は腹筋をして、終わったかと思えば背筋、そして腕立て伏せを続けている。本当は腕立て伏せの後に懸垂をしていたんだけど屋根にぶら下がるからやめて頂いた。こんだけ筋トレしてればムキムキになるよね。歳に合わない体格の良さに納得した。
「…花、育てないのか」
「柄じゃないもん」
腹筋をしながら長次が首だけをこっちに向ける。足を地面から離して体を半分だけ起こして止まっていて、見ているこっちのお腹が引き攣りそうだった。
長次が世話をしてくれてる朝顔が見事に咲き続けていた。わざわざ虫や雑草をやっつけてくれてるらしい。これなら妹に怒られずに済みそうだ。私は絶対に忘れてしまうだろうし。てゆうか長次はいつまであの形をキープするつもりなんだろ。お腹痛くなんないのかな。スリッパを履いて長次の隣で真似をする。…1分ももたなかった。
「長次のお腹どうなってんの…私腹筋皆無だよ…」
「……」
私の非力さに呆れてるのか長次は何も言わない。額からこめかみへ汗が伝った。首にかけていたタオルでそっと拭くとありがとうと言われる。なんだか照れ臭かったからぱっと朝顔に視線を戻した。
青にも見えるし紫にも見える朝顔を素直に綺麗だと思う。こんなこと長次がいなかったら絶対に思ってない。って長次に言うのは恥ずかしいからやめておく。確か朝顔の蔓って左にしか巻き付かないんだよね。妹が「おねえちゃんしってた?」とか偉そうに言ってたっけ。
「…花言葉、知ってるか…」
「朝顔の?知らないけど」
「……」
長次の口がもそもそ動く。でもあんまり聞こえなかった。てゆうかいきなり声が小さくなった。なんだろ。身を乗り出して長次の口に耳を近付ける。
「…儚い恋…」
「……」
はかないこい。長次が放った言葉が胸に落ちてじんわり広がっていく。長次の視線が宙を泳いだ後私の視線と絡まった。少し苦しそうな目に、心臓がどくりと跳ねた。
もしかして長次は、私達のことを言ってるのかな。いつか必ず別れるって知っていて、それでも好きなってしまったことを『儚い』って言いたいのかな。心臓が掴まれたみたいに痛んで苦しい。解ってることだけど出来れば考えたくないよ。
「…よいしょっと!」
「、…名前…」
「変なこと言うから」
腕立て伏せに移った長次から顔を逸らして背中に座った。長次は眉間に皺を寄せて私を振り返る。だけど私に降りる意思が無いことが解るとそのまま普通に腕立て伏せを始めた。うそ、すご!私乗ってるのに普通に始めちゃったし。長次は私の想像以上に鍛えられてるらしい。
やっぱり世界が違うんだなあ、と思う。毎日のほほんと生きてきた私には考えられないくらい辛い毎日を、長次は過ごしてきたんだろう。体に残る無数の傷がそれを物語ってる。私より年下の長次が大人びてるのも解るよ。室町って言ったら刀を持ち歩く人がまだまだいる時代だ。忍者を目指すなら普通の人間より命の危険はあるだろうし。…考えてたら苦しくなってきた。
「…長次」
「……」
「好き」
「……」
「好き、だよ」
俯いて言うと声が震えた。長次の動きは止まらず、腕立て伏せは続行。何かひとつ返事をくれたらいいのに。振り返りもしない頭を睨み付けて殴ってやろうか、と拳を作る。
「…知ってる」
そしたらそんな言葉が聞こえてきて、殴る為に構えた拳は長次の背中にぱたりと落ちてしまった。
儚くてもいいから、まだ傍にいたい。この幸せな時間がまだまだ欲しい。心の底からそう思った。長次も同じ気持ちだったら、嬉しい。
だって、知らなかった。
(終わりがすぐそこにきてた)