帰ったら長次はテーブルの前で正座していた。背筋を伸ばして膝に拳を乗せて綺麗に座る姿に一瞬緊張して、ぷっと笑ってしまった。そんなに畏まることないのに。私が帰ってることに気付いているのに瞼は下りたまま。テーブルの上に買ってきたケーキを置いたらやっと長次の双眸が現れた。ケーキを見つめてから、ゆっくり私を見上げる。いつもだったら「ただいま」「お帰り」の流れなのに言葉が出なかった。長次の向かい側に座ってケーキをずいっと差し出す。


「…ありがとう…」

「電話した目的は違うよね」


長次は目を見張った。気付いてたのか、そんな風な顔。解るに決まってる。忍者だとかそんなのは関係無く女は鋭い生き物なのだ。特に好きな人に関しては。長次はまた元の無表情に戻るとケーキの箱を見つめて、口を開いた。


「…名前の様子がおかしいと思った」

「うん」

「私が外へ出たあの日から、何かが変わった」

「うん」

「…うん、じゃ、解らない」

「うん、ごめん」


でもね、まだ頭がごちゃごちゃして胸がぐちゃぐちゃして自分でも解らないんだ。ほんとうは泣きそうにすらなってる。長次の真似をして正座をした膝の上の拳が、カタカタ震えてる。大丈夫。私は、言える。結果がどうであれ私は変わりたい。変わらないと進めない。だから大丈夫。

好きだと言いたくて、言えなかった。怖かった。不安だった。だけど言わなきゃ、怖いままだ。


「…私は、いつか帰る」

「…うん」


解っていた。未来なんか解っていて、解らなかった。未来を辿る今が解らなくて迷い込んでしまった。

長次の目が、私を映す。


「…その私に悩んでいても、意味が無い…」

「…そんなことない」

「……」

「私は長次が消えてしまっても絶対に忘れないよ」


長次がここに居たという事実はちゃんと私の記憶に残る。これから一日たりとも忘れたりしない。長次がくれた貝殻だってある。証がある。


「意味が無いこと、無いよ」

「…消えるのに、か」

「消えても私は」

「……」

「わたし、は」


すきだよ。恋しいよ。離れたくないよ。言いたいことはたくさんあるのに言葉にならない。長次の目に映ることがどうしようもなく堪えられなくなって思わず目を逸らした。俯いて自分の手を見たら、やっぱり震えている。


「ここは楽しい」


不意に、テレビが着いてない静かな部屋にガサガサと音が響いた。顔を上げると長次がケーキを取り出している。プラスチックのフォークでそのままケーキを口に運ぶ。話の途中なのに、とか、ケーキ好きなんだな、とか。そんなことは思わない。ただただ私は呆気に取られてしまって、ポカンと長次を見つめた。一体どうしてこのタイミングでケーキを食べるのか。無口で無表情の長次の心理を読むのはきっと忍者でも難しい。ケーキを半分咀嚼したところで、長次は私を見た。フォークを置いて再び姿勢を正す。


「不思議な甘味とカラクリがある。ここでの暮らしは全部新鮮で…本当に楽しい」

「……」

「…それを私に与えたのは、名前だ」


長次の口の端が緩やかに持ち上がる。目が優しげに細くなる。長次が穏やかに、笑う。

私ばかりが与えられてると思っていた。仕事を難無くこなしてくれるから悪いとばかり思っていたのに、彼は違うことを考えていたのだ。


「…限られた時間なら…」

「……」

「…俺は、名前といたい」


長次の一人称が変わってハッと目を見張る。長次は穏やかな表情のまま私を見ていた。

駄目だなぁ、と思う。私、結局何も言ってない。無口な長次に全部言わせてしまった。年上なのに。だけど長次は、こんな頼りない私といたいと言ってくれる。

泣きそうだけどそれは我慢しなきゃ。流石にかっこ悪い。返事をしなきゃ!バッと顔を上げた瞬間、足に凄まじい電撃が走った。


「…どうした…」

「あ、足、痺れ…っ」

「……」


長次が目を小さくして私を見つめる。な、なんだようその目は。正座なんて慣れてないんだもん。痺れるに決まってる。その場にうつ伏せになって悶えていたら長次が近付いて来た。微かに笑う声が聞こえる。…畜生。かっこ悪い。


「…大丈夫か」

「わ、私、正座出来ないけどいいですか!」


どさくさに紛れて叫ぶ。痺れを堪えて顔を上げると、長次が膝を折って顔を近付けた。右手をそっと動かして私の頭を撫でる。長次が私の頭を撫でるのはいつものことだけどなんだか今日は違った。

あたたかくてやさしくて、いとおしかった。


「…俺は、こーひーが飲めない…」

「…お互い様ってこと?」


こくりと頷く長次に飛び付いたら、ちゃんと抱き留めてくれた。





(オカ先の慰め不要!)

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