今日は同じ部屋で寝るのは駄目だ、と。長次からきっぱりはっきり言われた私は隣の妹の部屋で眠ることになった。小1のくせに一人部屋だと!と思っていたけど役に立つこともあるもんだ。別に病人でも気にしないのに長次は真面目だなあ。せっかくだからベッドを使って貰った。何かあったら壁を叩いてね、おやすみなさい、で昨夜は眠りに就いたのだ。

次の日の朝、ベッドの中に長次の姿がなかった。


「…あれ?」


布団が綺麗に畳まれたベッドをしばらく見つめてぽつりと漏らす。寝起きでしぱしぱする目を擦ってもう一度ベッドを見つめた。やっぱり長次はいない。昨日までは確かにいたのに、何故いない。部屋に入って床や天井を見渡す。いつもとなんら変わりない私の部屋。ただあの忍者がいないだけなのに随分寂しくなった気がする。部屋を出てリビングに入るとテレビもクーラーも着いてなくて静かだった。次はトイレをノックする。返事は無い。お風呂もすっからかん。


「…何処行ったんだろ」


もう一度自分の部屋に戻ってとりあえず着替えた。今日は学校に行かなきゃいけないから制服に。だけど、長次がいないのが気になる。この状態で学校に行くのは不安だ。ふと視線を落とすと畳まれた布団の上にぽつんとメモが置いてあった。手に取って見ればボールペンで何やら書かれている。


「読めない」


長次が書いたものなんだろうけど室町と平成じゃ字体が違って全然解らない。ミミズがぐにゃぐにゃしてるみたい…達筆って言うんだろうけど。一行だけだけどなんて書いてるんだろ。たぶん五文字くらい。読めないけど、ポケットに入れておこう。

またリビングに向かって食パンを焼いて食べた。ぼーっとニュースを見て、違和感に気付く。いつも長次がいたからなんか変な感じ。長次の分の朝ご飯と昼ご飯を作り置く。もう学校へ行く準備は出来たけど時間が十分余ってしまった。…行くかな。家にいてもすることないしね。てゆうか長次、ほんとに何処行ったんだろ。知り合いなんて私以外にいないだろうし。玄関へ行ってローファーを履き、ドアノブを捻った。


「あれ?」


ガチャッと音を立てただけでドアは開かなかった。可笑しいな。長次が出掛けたなら鍵はかかってない筈なのに。ふと落とした視界の中に白いスニーカーが映った。あれはお父さんのだけど今は履くものが無い長次が使ってるスニーカーだ。なんでスニーカーがあるんだろ。長次は出掛けたんじゃ…ちょっと待って。

鍵はかかってるしスニーカーはあるのになんで、長次がいないの?


「    」


一気に全身にぞわ、と鳥肌が立った。鞄を放り投げて玄関を飛び出す。その時の私の頭の中は真っ白になっていたのに、目的地も解らないのに、何故だか弾けるように走り出した。

よく考えたら長次が出掛ける訳ない。靴はあるし鍵はかかってるしこの時代のことも解り切ってない長次が何処に行くのか。大体長次は家で大人しくしてるタイプなんだ。出掛けることがあっても黙って出たりしない。

―――もしかしたら、長次は元の時代に帰ってしまったのかも知れない。そんな考えが頭をよぎった。そうだよ、突然現れたから突然消えるのは納得出来る。出来るけど、突然帰るなんて無い。そんなの信じない。私、何も言ってないのに。さよならも元気でねも、何も言ってない。

昨日までいたくせに。病み上がりのくせに。何処に行ったのさ。熱が上がったらどうすんの。この時代じゃ私以外に知ってる人いないのに。倒れてたら、事故に遇ったら。

走って走って走って、辿り着いたのは長次と一緒に行った海だった。朝なのにも関わらず人がたくさんいる。親子や恋人、友達同士。浜辺も海も人で溢れていたけど私が捜す男の姿は無かった。


「……」


ポケットに入れたメモを取り出す。よく解んないけどたぶん5文字。達筆過ぎて全然読めないけどこれが

『さようなら』だったら、

メモを握り潰し乱れる呼吸を整えないまま私はまた走り出す。次はデパートだ。長次と行ったところ、長次が歩いた道、全部見に行く。もしかしたら迷子になってるのかも知れない。

―――本当は解ってた。
もしかしたら、なんてない。
長次は、帰ったんだ。

だけど不安で怖くて信じたくなくて、私はただただ走り続けるしかなかった。










「……」

「…お帰り…」


目の前でもそもそ喋る男に鞄を投げ付ける。でも受け止められた。

日も暮れて来て足も限界を訴えてきて、私はとぼとぼ家に帰った。開けっ放しで飛び出した玄関をくぐりリビングへ入る。そしたら長次がいて、私は数秒間固まった。そして長次がもそもそお帰りなんてほざくからブチッときてしまい、今に至る。ソファに座ってテレビを見ている長次の胸倉を掴んでがっくんがっくん揺らして叫んでやった。


「何処に行ってたの!こっちは心配して必死で走り回って捜してたっていうのに呑気にニュース速報なんか見やがって!私の一日を返せ!」

「…学校…」

「行ってないよ!」


行ける訳ないじゃん!黙って休んじゃったよオカ先に怒られる!ぐだぐだ叫ぶ私に長次はされるがままだ。がっくんがっくん揺れてる。なんだよこいつなんか言えよ!揺らすのをやめて視線を落としたらキラキラしたものが視界に入ってきた。


「…なにこれ」

「…壊したから、代わりに」


長次の膝元に置いてあったのは、たくさんの小さな貝殻だった。壊したっていうのは昨日の巻き貝のことだろう。私がお気に入りだったとか言ったから、長次は気にしてたのかも知れない。それで今日の朝早く出掛けて取って来てくれたんだ。だから朝いなかったんだ。貝殻なんかよかったのに。でも、これも嬉しいと思ってしまった。貝殻を手で掬ってテーブルに乗せる。綺麗なそれはカラカラと音を立てた。


「…ん?じゃあ靴は?鍵はどうやって閉めたの?」

「…2階から出たから鍵は使ってない」

「…は?」

「動きやすいものがよかったから、履物は自分のを…」

「…とりあえず、二度と黙って外に出ないでね」

「…置き手紙…」


長次の言葉に目を見張る。置き手紙って、まさか。私はくしゃくしゃになったメモを長次に差し出す。長次はそれをじっと見つめ私に見せた。文字を指でなぞりながら口を開く。


「…『すぐもどる』…」

「……」


私は目を見張ったままその場にへなへなとへたり込んだ。やっと理解出来た気がする。『さようなら』じゃなくて『すぐもどる』って。なんだそれ。つまり全部私の勘違いだったってこと?私ひとりで慌てて走り回ってたの?なにそれ。私は馬鹿みたいじゃん。あーもうイライラする。

それなのに胸がほっとして、頬が緩んだ。


「…名前…」


気が付いたら長次の胸に飛び付いてた。消えてないことを確認すると、息が詰まりそうになった。





(心臓がうるさい)

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