長次が風邪を引いた。

多分昨日の朝、髪がびしょ濡れだったのが原因だ。問いただすと毎朝私より早く起きて筋トレをしていたことを白状した。その時に朝顔に水やりをしていて蛇口が上を向いてるのに気付かず水を出して全身ずぶ濡れ、ということらしい。慌ててタオルで拭いたものの限界があるし私が起きる時間になるしで仕方なくそのまま布団に入って狸寝入り。そして丸一日頭が濡れたままクーラーの風に当たるからクーラーの涼しさに慣れてない長次は風邪を引いたのだ。たった今目の前で布団に入り真っ赤な顔をしている長次をジトリと見据えた。長次は気まずそうに私から目を逸らす。


「なんで言わなかったの」

「…迷惑…」

「黙って忍者の格好で筋トレされる方が迷惑」


最近まで忍者を目指してた人間に家事手伝いみたいなことをさせてた私にも反省する点はある。でもここは長次が住んでた世界とは訳が違う。それに昨日の時点で話してくれたら寝込むことにはならなかったかも知れないのに。会って二・三日の仲じゃない、一緒に生活してるんだから話してくれてもいいじゃん。私が気付けなかったのもどうかと思うけど。いや、気付いてたけど長次が何でもないって言うから。色んなものがごちゃまぜになる。つまり私は怒っているのだ。


「勝手に筋トレしてたのは勿論だけど、熱が出るまで具合が悪いのを我慢するのはただの馬鹿だよ」

「……」

「…なんで言わないの」

「……」

「私は具合悪いって言えないような相手?信用無いの?」

「…名前…」

「なに」


普段から声が小さい長次だけど今日はそれに弱々しさがプラスされてる。今にも消え入りそうってこのことだ。首をこっちに向けてじっと私を見て、乾いた唇を開いた。


「…ありがとう…」

「……」

「心配、して…」

「…普通はごめん、でしょ」


心配してくれてありがとう、と言いたいんだろう。嬉しい時にはありがとうと言うのが私達の決まりだから。なんだか怒りも何処かに吹っ飛んでしまった。病人相手にキレたって仕方ないもんね。もうやめにしよう。私を伺うように視線をちらちらさせる長次にニッと笑って見せた。


「筋トレするなとは言わないからちゃんと私に教えてね。具合悪い時も」


長次はこくんと頷いた。今日は学校に行く日なんだけど休ませて貰おう。オカ先なら解ってくれる筈。とりあえず薬飲まなきゃいけないからご飯食べさせよう。お粥を作る為に私はキッチンへ向かった。










長次の武器を眺めてみる。クナイっていうのかな。縄がついてる。先に軽くちょんっと触ったら当たり前だけど痛みが走った。忍者ってこんな危ないもの振り回してるのか。長次が傷だらけなのも解った気がした。薬が効いてるのかすやすや眠る長次の顔を覗き込む。おでこに貼った冷えピタがらしくなくて笑えた。

時計を見ると4時を過ぎた頃だった。長次は朝ご飯を食べてからずっと眠っている。慣れない環境で暮らして精神的に参ってただろうし風邪を引いたのはただ単に体を冷やしたからじゃないだろう。色々重なってきたのが出ちゃったのかも。不満とか全然言わないし。もうちょっとくらい甘えてくれてもいいのになあ。私って頼りないのかな。年上なのに。


「…いや」


棚から貝殻を取る。卵くらいの大きさの巻き貝。この前長次と海に行った時に貰ったものだ。こういうものをプレゼントするってことは、私は子供に見られてるのかも知れない。貝殻で喜ぶのって小学生くらいじゃないっけ?…まあ私は嬉しかったけど。

もっと頼っていいのに。なんだか私ばっかり助けられてる気がする。熱は早く下がって欲しいけどゆっくり休めたらいいな。貝殻を床に置いて長次を見たら、長次の瞼がぴくりと震えた。


「……」

「…熱は下がったね。具合はどう?」


生温くなった冷えピタをそっと剥がす。指先で前髪を払ってやった。いっぱい寝たし汗もかいてるし元がそんなに酷い風邪じゃなかったからすぐ下がったんだろう。長次は何度か瞬いた後私をぼんやり見上げた。


「…気持ち悪い…」

「え?は、吐きそう?」

「違う…汗が」


あーそっちか。布団を被せてたから汗をかいたんだろう。でも病人をお風呂に入れるのは賛成出来ない。こういう時は濡れたタオルで体を拭いて着替えさせたらいいよね。


「お風呂は駄目だけど体を拭くくらいはいいよ。ちょっと待ってて」

「いや…自分で…」

「病人は寝てなって」

「……」

「こら」


年頃の男だし女に世話をされるのは気恥ずかしいところがあるのかも知れない。長次は私の言うことを聞かず立ち上がろうとしている。この野郎、病人は病人らしくしてろ。これは年上の威厳とかそんなじゃなくて。長次の肩を押すけど跳ね返す勢いで押してくる。ほんとに病人なのか。男の意地か。私の努力虚しく長次の右膝が立つ。左足をしっかり踏み込んだ、瞬間。

パキンッ

何かが割れるような乾いた音が響いた。長次の左足の下、から。長次を見れば眉間に皺を寄せて痛そうな顔をしていた。…嫌な予感。恐る恐る床を見渡す。貝殻が見当たらない。長次と私はほとんど同時に顔を見合わせた。長次がそっと足を上げる。嫌な予感は的中、砕け散った巻き貝が現れた。


「あーっ!」

「……」

「気に入ってたのに…」

「…すまん…」


無表情の長次にしては珍しくしょんぼりしてる。私は貝殻の破片を拾い集めて溜め息を吐き出した。これは修復不可能だ。綺麗な形で本当に気に入ってたのに。長次をちらりと見るともう一度すまない、と言う。…床に置きっ放しにしてた私が悪いんだ。長次を責めちゃいけない。私は破片をごみ箱へ払って長次に笑った。


「足は大丈夫?」

「いや…」

「気にしないで、置きっ放しにしてた私が悪いの」


長次は何か言いたそうに口を開いたけど私が肩を押すと素直に布団に戻った。貝殻を割ってしまったこと、反省してるらしい。とりあえず体を拭いてあげなきゃ。部屋を出て扉を閉めて、私は静かに溜め息を吐き出した。長次が素直に頼ってくれたらよかったのに。あーあ、飾っておきたかったなあ。





(私ってそんなに頼りない?)

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