つり目の男の子はわたしを見つめて黙った後「馬鹿な真似すんなよ、絶対動くなよ」と言って部屋を出て行った。その後ろ姿を見つめて喉を押さえる。やっぱり、声が出ない。


『あぁ、目が覚めたかい?私は土井半助。ここの先生をしているんだ』


目が覚めたら若い男の人がいて、名前を名乗った後ここは忍術学園だよ、と教えてくれた。知らない天井、知らない匂い、知らない布団、知らない家具。忍術学園ってなあに?ずっと村で暮らしていたわたしは『学園』という言葉を聞いたことがなかった。男の言う『先生』もよく解らなかった。着ていたのはお気に入りの着物じゃなくて真っ白の綺麗な着物だった。自分の手を見下ろして、ゾッとした。父さんは?母さんは?わたしはどうしてここにいるの?先生と呼んでくれて構わない、と言った男の人は困ったような顔をした後わたしに村が山賊に襲われて全焼したことを伝えた。


『…、…!』

『どうした?苦しいのか?』


うそだ、と。口にした筈の言葉は音にならなかった。口を押さえて喉をさする。声が、出ない。どんなにりきんでも掠れた吐息が零れるだけ。どうして、なんで。わたしの身体はどうしちゃったの?今まで重い病気どころか風邪すら滅多に引いたことのないわたしは自分の身体の異常にひどく怯えた。先生がわたしに手を伸ばす。それさえも怖く感じてわたしは布団に潜り込んだ。先生はしばらくそこにいたみたいだったけど少ししたら部屋を出て行った気配がした。

布団の中でわたしは父さんと母さんのことを思い出していた。父さんから流れる血の色も気持ち悪い嗤い声も母さんの悲鳴も覚えてる。身体が震え出す。アレは夢じゃなかったんだ。父さんも母さんも村も、わたしを残していなくなちゃったんだ。そう思ったら涙が止まらなかった。

それから時々先生の声がしたり美味しそうな匂いがしたけどわたしは顔を出さなかった。もうだめだ、わたしも死のう。そう考えていた。何の音もしない薄暗い時間になってからわたしは近くにあった鏡を床に叩きつけた。勉強はしたことがなかったけどどこをどうすれば死ぬのかくらいは知っていた。だから割れた鏡のカケラを喉に突き刺そうとしたら、あのつり目の男の子が入って来た。手を掴まれてカケラを落とされる。邪魔しないでよ、と言いたかったけどやっぱり声は出ない。


『父さんと母さんに守られた自分を殺しちゃ駄目だ』


男の子はまっすぐな目をしてそう言うから、わたしも、死んじゃだめなんだと思った。死のうとした自分が馬鹿馬鹿しく感じた。声を上げて泣きたかったけど、やっぱり声は出ない。悲しくて辛くて苦しい。やっぱり、消えてしまいたい。

痺れた血だらけの手を見下ろす。すると外からバタバタと足音が聞こえてきた。ぱっと顔をあげる。開いたままの戸からさっきの男の子が現れた。わたしと目が合うとほっとしたように頬を緩めた。


「土井先生早く!」

「解ってる。新野先生」


男の子の後ろから先生と白い着物を着た人が出てきた。白い人がわたしに近付いて来る。大きくゴツゴツした手がわたしの手に包帯を巻いた。わたしを見て、にっこり笑う。


「私は保健医の新野。君の名前を教えてくれるかい?」

「……」

「大丈夫。口を動かせば解るから」

「…なまえ

「なまえちゃんだね。あー、って言って貰えるかな」

あー


言われた通りにしてみるけどやっぱり声は出ない。新野さんはわたしの喉に触って少し顔をしかめる。それから、土井先生と男の子を振り返った。


「…多分、強いショックによる失声症ですね」



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