行かなきゃ、とは思いつつ、気が付いたら放課後になっていた。

食券が貰えることにあっさり承諾してしまったけどよくよく考えたらすごく気まずい。親も村も無くした彼女になんて言葉をかけたらいいんだろう。「元気出しなよ」?「大丈夫さ」?いくつか頭の中で繰り返したけどどれも違う気がする。親が死んだのに元気なんか出る訳ないし帰る村が無くなったのに大丈夫な訳がない。じゃあどうしたら?解らない。だけど、行かなきゃ。今彼女を解ってあげられるのは他でもない、俺だけだから。深い藍色に滲む空を見上げる。夕食を食べたら彼女に夕食を持って行こう。食堂で食べるより部屋でゆっくり食べたいだろうし。よし、そうしよう。


「あれ?きりちゃんおかわり?」

「違うよ、ちょっと用事」

「用事って?」

「先生に頼まれてるんだ」


夕食を食べ終わりおばちゃんに事情を話してもうひとつ夕食を貰う。まだ食べてる途中の乱太郎やしんべヱが顔を合わせて首をかしげていたけど説明は明日でもいいや。早く行かなきゃ夜になってからじゃますます行きづらくなる。湯気を昇らせる味噌汁を零さないように気を付けながらくノ一教室に向かった。そう言えば彼女はくノ一教室の何処にいるんだろう。くのたまに訊けば解るだろうか。だけどくのたまも今は食堂にいるのか全然廊下を歩いていない。困って立ち止まっていたら不意に肩を叩かれた。振り返れば山本シナ先生が立っていた。


「土井先生から聞いてるわ。あの子を捜してるんでしょう?」

「あ、はい」

「この廊下の一番奥よ」


お願いね、と山本先生は俺と反対方向の廊下を行ってしまった。足音、全然ない。後ろに立ってるのも気付かなかった。先生だから当たり前だけどすごい。なんだか少し怖い気もする。ブルッと震えた背筋が気持ち悪くて急いで廊下を歩き出した。

なんて話をしよう。どんな子なんだろう。そう言えば俺、女の子の名前知らない。じゃあまずは自己紹介からだな。俺摂津のきり丸、君は?で大丈夫だよな。親のこととか村のことは何も言わない方がいい。自分がそうだったように、言葉にすると辛くなるから。


「……」


なんか、そっとしておいた方がいい気もする。部屋の前に立つとそう思った。だけどこのままじゃせっかくおばちゃんが作ってくれたご飯が冷めてしまう。どうしたものか。うーん、と唸りかけた時だった。部屋の中からガシャアンッ、と何かが割れるような音がしたのは。人が少ないくのたま長屋に静かに響き渡る。なんだ今の。今の、部屋の中から。盆を持つ手にじんわり汗が滲んだ。嫌な予感が、した。片手で盆を持ちなおして躊躇いなく戸を開け放つ。

部屋の中は、やけにきらきらしていた。よく見たらそれは鏡だった。叩きつけられたのか鏡が砕け散っている。そしてその破片を自分の喉元に突き立てようとする女の子がいて、全身がゾッとした。


「何してんだよ!」


思わず手から盆が滑り落ちた。味噌汁やご飯はぶちまけられたけど今はどうでもいい。女の子に駆け寄って手首を掴んだ。女の子が驚いたように目を見開く。それから邪魔をするなと言うように俺を睨んで暴れ出した。手首を乱暴に振ると耐え切れなかったのか破片を手放した。カラン、と静かに転がるそれを見下ろす。女の子の手は真横にざっくりと切れていて血まみれだった。なんで、なんでこんなことを。女の子を見る。女の子は俺を睨んだまま大粒の涙をぼろりと零した。それを見て、思った。そっか。この人は、死にたかったんだ。父さんと母さんのところへ行きたかったんだ。


「…駄目だよ」

「……」

「父さんと母さんに守られた自分を殺しちゃ駄目だ」

「!」


女の子は目を見開いて、くしゃりと顔を歪めた。それから肩を揺らしてぼろぼろと涙を零した。だけど、妙だ。違和感がある。女の子は口をぱくぱくと空回りさせていた。それで、気付いた。


「お前、声が」



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