土井先生に呼ばれて、お前に会って欲しい女の子がいると言われた。

昨日の夜はやけにうるさかった。みんな寝てる時間帯なのに廊下から人の話し声が聞こえた。人が歩くような気配も感じた。夢うつつを彷徨っていた俺は好奇心より睡眠欲が勝ってそのまま眠りこけた。きっと誰かが自主トレ中に怪我をしたとか、そんなもんだ。明日みんなに聞いたらいい。そう思った。そうして夜が明けて見れば変わらない日常で、俺はすっかり夜の騒ぎのことを忘れていた。


「昨夜、裏裏裏山の麓の村で火事があったんだ」

「あぁ、だから昨日うるさかったんすね」

「気付いてたか。その火事なんだが、山賊にやられたものでな」


土井先生は声を小さくして言ったあと、更に声を小さくして「は組には言うなよ、面倒になると困る」と言った。俺もは組なんすけどと思ったけど話が進まないから黙っておく。それにしてもどうして土井先生は俺にそんな話をするんだろう。裏裏裏山の麓の村なんて知らないし村があったことすら初めて知った。土井先生はまっすぐ俺を見てゆっくり口を開いた。


「先生達が駆け付けた時にはもう遅かった。村人はみんな焼け死んでしまっていたんだ」

「……」

「だが不幸中の幸い、ひとり生きていたんだよ」

「…それがさっき言ってた女の子っすか?」


土井先生は大きく頷いた。その女の子がどういう子なのか解ったけど俺に会って欲しいってどういうことだろう。今聞いた話の所為かつい顔をしかめてしまう。土井先生は他の一年に比べて俺にはこういった『死』について隠さずに話す。それはきっと俺が戦孤児だからだろう。だけど人が死んだなんて話は気分がいいものじゃない。正座した膝の上でぎゅっと拳を作った。


「村にはその子以外生きてる人間はいなくてな…恐らく親も」

「…ひとり、残っちまったんすね」

「…昨夜彼女を保護して、今はくノ一教室にいる。ショックの所為か口を開いてくれなくてな。喋らないし飲まず食わずの一点張りだ」


まだ見たことがない女の子の気持ちが、俺には痛い程よく解った。両親が戦に巻き込まれて死んでしまって天涯孤独になった俺はただただ日々を放浪していた。親もいないから飯もなくて誰もいないから喋る必要も無かった。俺は何をするでもなく戦場にへたり込み血まみれになった親を呆然と見つめていた。悲しいとかそういう気持ちは無かった。親が嫌いだった訳じゃない。母さんの料理は世界一だと思っていたし父さんの背中は何より尊敬していた。ちゃんと愛があった。その両親はあっさりいなくなって、俺はどう反応したらいいのか解らなかったんだ。だからその女の子が喋らない飲まない食べないの人形みたいになってしまうのは仕方ないことだと、思う。


「それでだな、お前なら彼女の気持ちが解ると思って話したんだが…」

「そういうことっすか」

「会ってやってくれるか?」

「別に構わないっすよ」

「そうか!助かるよ、ありがとう」

「タダとは言わないっすよねェ?」

「…抜目のない奴だ」


食券三枚でどうだ、と言う土井先生に毎度あり、と返した。それを懐に仕舞いながらふと外に目をやると、皮肉なくらいに晴れ渡った青が目に痛かった。



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