声が出るようになったのはきっと母さんと父さんと、きり丸の両親のお陰だ。わたしはひとりそう思った。夜泣くことも眠れない日も減った。見えないけど、みんな傍にいる。そんな気がした。

わたしが話せるようになったことを土井先生もは組のみんなも図書委員会の人達も喜んでくれた。土井先生はちょっと泣いていた。泣いていたと言えばきり丸も泣いた。ぼろぼろ涙をこぼしたわけじゃないけど、きり丸もちょっと泣いた。ちょっと嬉しくて、照れ臭かった。声が出るようになって一週間わたしは顎が痛くなるまで笑ったり喋ったり、忙しかった。















「こらきり丸!」

「げっ!」

「だめ!まだ治ってないでしょ!」


こっそり部屋を出ようとしたきり丸に飛び付く。まだ身体のあちこちに傷があるのに、きり丸は隙あらばアルバイトに出掛けようとする。その度にこうして止めるんだけど今日で既に三回目。せっかくの休みなんだからゆっくり眠ったらいいのに、きり丸はアルバイトが好きだなあ。働き者なのはいいことだけど休む時はしっかり休まなきゃ。きり丸の腕を掴んで部屋に引っ張り込む。きり丸はムッとしたような顔をしていたけど、だめ。わたしは許しません。座布団に座らせて、その正面に座る。まったく。頭にはまだ大きなたんこぶがあるのによくがんばるよ。


「なまえ、無茶はしないからさ」

「だめ。たんこぶがなくなってしまうまでアルバイトは許しません」

「…銭が恋しい…」

「…だって、きり丸にもしものことがあったら、わたし…」

「え?え、なまえ?」


わたしはうつむいて両手で顔を覆った。ふるふると肩を震わせるときり丸がうわずった声をもらす。ぐすっと鼻を鳴らしたら、ぽんっと頭を撫でられた。


「わ、分かったから泣くな。な?」

「ほんとにっ?」

「あ、お前嘘泣きかよ!?」

「今分かったって言ったもの、取り消しはなしだからね」

「なまえ…お前ー!」

「きゃあああー!」


こんなのに引っ掛かるなんてきり丸はよっぽど優しいんだなあ。きり丸に頭をぐしゃぐしゃにされながらわたしはけらけらと笑った。でも可哀想だからもうしないでおこう。きり丸のたんこぶをちょんとつついたら、きり丸はびくっと揺れてたんこぶを押さえた。…すごく痛いみたい。軽くつついただけなのに。

このたんこぶがもっとひどかったら頭が耐えられず、割れてしまってただろう。そうなったらきり丸は死んでいただろう。こうして傍にはいなくて、きっとわたしは一生しゃべれないままだった。きり丸がいるから今のわたしがいる。きり丸がいてくれたからわたしは生きてる。

たんこぶを押さえたままのきり丸の手をそっと剥がして両手で包んだ。あたたかいきり丸の手。きり丸は涙で潤んだ目を丸くした。


「…どうした?」

「わたし、きり丸の手、すき」


優しく撫でる手。叱ってくれる手。引っ張ってくれる手。差し伸べてくれる手。わたしを助けてくれる手。きり丸の手がすき。きり丸を見つめる。きり丸のつり目が、まんまるに揺れた。


「きり丸が、すき」

「……!」

「文字も早く覚えるしアルバイトも出来るようになるよ。だから」

「…うん」

「ずっと、そばにいてね」


そこまで言うと照れくさくてわたしはうつむいた。きり丸の顔は赤くなっていたけれど、きっとわたしもそう。顔が熱くて心臓がばくばくゆってる。これは、なんだろう?わたしはいつもきり丸に与えられてる。きり丸がわたしにくれたこの気持ちの名前は、なんと言うのだろう?きり丸の手がわたしの手から離れてこぶしを作る。小指を立ててわたしに向けてきた。なるほど。わたしも小指を立てて、きり丸の小指にきゅっと絡めた。ずっとそばにいる、その約束を守る為に。小指を離して笑うきり丸がまぶしくて、また心臓がばくばく暴れた。

高鳴るこの気持ちの名前を知るのは、もう少し先。

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