きり丸の隣で眠ったら、不思議な夢を見た。あたたかくてあたたかくてやさしくて、ちょっとかなしい夢だった。

夢の中で、気が付いたらわたしは真っ白い世界にひとりぼっちだった。怖くて寂しくてわたしはうずくまって泣いた。きり丸、きり丸ってずっと呟いた。そしたら、誰かに名前を呼ばれて顔を上げた。そこにはとても綺麗な女の人がいた。黒くて長い髪。まっすぐの睫毛につり目。着てる着物はボロかったけど、その人はとても、とても綺麗だった。ぼうっと見とれていたら、いつの間にか隣には男の人がいた。おでこの真ん中で分かれた髪は藍色。整った眉毛。日に焼けた肌は働き者のしるしだろうなって思った。


「泣かないで。大丈夫よ」

「君はひとりじゃないから」


だあれ?と言いたかったのに声は出ない。ああそっか、わたし、声出ないんだった。自分の喉を押さえて見せると女の人と男の人はふふっと笑った。女の人の笑った唇から、八重歯が見えた。


「声のことは知ってるわ」

「大変だなぁ君も」

「親がぽっくり死んじゃうなんて、可哀想な子達だわほんと」

「…その言い方はやめないか」


なんとなく失礼なことを言われたんだと思ったわたしは顔をしかめた。なんだろう、この人達。誰かに似ている気がするけど分からない。一歩一歩後ろにさがって離れていたら、どんっと壁にぶつかった。うそ、さっきまで壁なんてなかったのに。びっくりして振り返る。

息が、止まった。

一日も忘れたことがない顔。耳から離れない声。顔付きは父さんに似ていると言われて照れ臭かったこと。でも性格は母さんに似てのんびり屋だったこと。いくつもの思い出が駆け回る。涙が止まらなかった。なんで?どうして?

なんで父さんと母さんがいるの?


「泣くな、父さんの子だろ?」

「ほんとう。なまえは泣いてばかりね、隈が消えないわ」

「夜も寝てないし…心配だ」

「泣く理由はあなた達なのによく言うわ」


母さんの肩に女の人が肘を置く。母さんと父さんをしっかり目に焼き付けておきたいのに涙が邪魔で見えない。視界がぐちゃぐちゃになる。母さん、父さん。会いたかったよ。寂しかったよ。もうどこにも行かないでよ。音の出ないくちびるを何度も動かす。母さんも父さんも、いつもみたいに笑った。


「大丈夫。あなたはひとりじゃないもの」

「そうよ。うちの子がいるわ」

「悔しいが、任せるしかないな」

「あれでしっかりした子ですよ」


ふと、母さんと父さんと、もうふたりの身体がぼやけてきた。いやだ、だめだよ、はなれたくないのに。手を伸ばす。でも、届かない。涙が止まらない。母さんと父さんは苦しそうな顔をした。


「ごめんなさい、寂しい思いをさせてしまって」

「あの時はああするしかなかったんだ」

「母さんも父さんも、なまえを愛してるわ」

「幸せになれと、願っているよ」


寂しいけど、寂しくなかった。不幸せだけど、幸せだった。わたしはひとりだけど、独りではないもの。母さんと父さんがいる。あたたかい気持ちを感じる。それに、それに、ああ。

どこからかわたしを呼ぶ声がした。あたたかい、だいすきな声。きり丸の声。きり丸が呼んでる。行かなきゃ。そう思ったらわたしの身体もぼやけてきた。母さんと父さんと、もうふたりを見上げる。涙を拭いて、がんばって笑って見せた。女の人がニッと笑う。くちびるから見えた八重歯。

きり丸と重なった。


「なまえちゃん、うちの子をよろしくね」


ああもしかして、きり丸の───。わたしのくちびるはもう動かない。瞼が重たい。夢は、ここで終わってしまった。

きり丸の隣で眠ったら、不思議な夢を見た。あたたかくてあたたかくてやさしくて、ちょっとかなしい夢だった。

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