薬品の匂い。それから、隣に気配。ぼんやりした意識のまま瞼を持ち上げる。視界は真っ暗で一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。薬の独特な匂いがするからたぶん保健室だと思う。そう言えば俺は確か、山賊に頭を殴られて気を失ったんだっけ。なまえをかばって…なまえ、そうだ、なまえは、
「、わ…っ」
「!」
身体を起こす。そしたらすぐ隣で何かがびくりと揺れた。薄暗くてよく見えない。手を伸ばしてみる。すると、がばっと飛び付かれた。いきなりの衝撃に堪えきれず俺はまた布団に逆戻り。殴られた頭を枕に打ち付けてズキズキと痛んだ、けど。
飛び付いてきた『何か』はガタガタ震えている。俺の耳元でぐすぐすと鼻を鳴らしてる。肩口が冷たく濡れていく。そこまできたらもう分かった。最初に感じた気配は、彼女だったのだ。恐る恐る背中を撫でると、彼女はまたびくりと揺れた。
「なまえ、ごめん」
「ごめんね、ごめんねきり丸」
「泣かないでよ」
「わたしのせいで、きり丸、いたかったよね」
暗いしなまえの顔が見えないし、なまえが何を言ってるのか分からない。ちょっとずつ目が慣れてきたから身体を離して顔を覗き込んだ。なまえはぼろぼろ大粒の涙をこぼしてしきりに口を動かしている。くちびるが震えていて分かりにくいけどたぶん「ごめん」って言ってるんだ。なまえは何も悪くないのに。俺はなまえを守れなかったから、だから謝るのは俺の方なのに。泣き止みそうにないなまえに俺は困り果ててしまった。どうしたらいいのか分からない。辺りは薄暗くて燈台に灯された明かりだけが頼りだった。夜、か。新野先生もいらっしゃらない。なまえだけずっと着いててくれたのだろうか。俺がしんでしまうと、思ったのだろうか。
「…俺、死なないから」
なまえの身体が揺れる。手を伸ばしてなまえの手を握った。
「約束する。なまえをひとりにしないから」
「……」
「…なまえも、無茶しないで」
「…きり丸」
「ん?」
なまえに強く手を引かれた。そのまま頭を触らされる。…頭がどうかしたのかな。痛いのかな。手探りでぽんぽん触ってたら、不意に硬いものが触れた。
つい、笑ってしまった。
「また街につれてってね」
「…それ、またつけてくれよな」
はっきり見えないけどきっと紅い、見覚えのあるかんざしをつつく。どちらかが合図をする訳でもなく俺達は指切りをした。また一緒に街に行く。そう約束した。