「おーおー、健気なこった」

「どうしたって逃げられんさ」

「悲鳴もあげんなァ…つまらん」


倒れた身体をよじる。縄で縛られた所為で身体が動かない。走って逃げようとしたけど無理だった。縄の先は山賊のひとりが握ってる。強く引かれてわたしは地面に叩き付けられた。痛くて悲しくて悔しくて、涙が止まらなかった。

山賊に拐われて、わたしは自分の村にいた。村の焼け焦げた家の中。山賊がここをアジトにしてるらしい。自分達が燃やしたこの村を、わたしの家を。父さんと母さんを返して、と思いっきり叫べたらどんなに楽なんだろう。涙しか出てこない。どんなに頑張っても声が出ない。声にならない言葉でずっときり丸の名前を呼んだ。そうしないと怖くてどうにかなってしまいそうだった。


「夜が明けりゃあ役人も消える。山を下るのはそれからでいい」

「見てくれは汚ェが磨けば何とかなるだろ。しっかり働けよ」

さわらないで!

「ってぇ!このガキ…!」


伸びてくる手に力一杯噛み付いた。そしたら、力一杯ほっぺたをぶたれた。痛くて痛くて目の前がチカチカした。ひどい、どうして。父さんを奪ったくせに母さんを返してくれないくせにどうして!口の中に血の味が広がる。わたしはここでしんでしまうのかも知れない。父さんと母さんがそうだったみたいに。ぼんやり考えた時だった。ふと外に、よく知った気配が動いた気がした。これは、分かる。静か過ぎて覚えてしまった足音。それについてくるうるさい足音。山賊がそれに気付いたのか息を潜めた。


「静かにしろ。誰か外をうろついてやがる」

土井先生!きり丸!

「チッ」


外へ飛び出そうとしたらまた縄を強く引かれた。だけどその衝撃で縄が緩んで右腕が自由になった。どうにかしてここを伝えなきゃ、わたしはここにいるって教えなきゃ。倒れ込んだまま黒く焦げた壁をにらみつける。そしたら視界の端に何かが映った。見ればそれは、きり丸からもらったかんざしだった。髪が崩れてとれちゃったのか。

咄嗟にそれを掴んで外へ投げた。

その、直後。


「なまえ!」

「な、なんだてめぇら!?」

「きり丸はなまえを!」

「はい!」


壁をぶち破ってきり丸と土井先生が飛び込んできた。その後ろから山田先生と不破先輩が飛び出す。そのまま山賊を囲んだ。山田先生も不破先輩も来てくれたのか。自分の身勝手で捕まったわたしなんかを助けに。きり丸がわたしに駆け寄ってきて縄をほどいてくれた。自由になったのに上手く呼吸が出来ない。胸がつっかえて、ごほごほと咳き込んだ。どうしよう、涙が止まらない。身体を起こしてきり丸に抱き着いた。


「ごめん。ごめんな」


きり丸はわたしをしっかり受け止めて頭を撫でてくれた。きり丸は何も悪くないのに。大丈夫だよ、きり丸は悪くないよ。だからあやまらないで。そうだ、お礼を言わなきゃ。息を整えようと身体を離した。

すると突然きり丸に押し倒された。びっくりして舌を噛んでしまった。い、いきなりなんなの。強く打ち付けた背中の痛みと、ガンッという鈍い音が聞こえたのは同時。きり丸の身体から力が抜ける。ぐったりしてぴくりとも動かない。反射的に振り返る。そこには薪を持った山賊がいて、あの日と変わらない顔でニイッと笑った。


「土井先生!きり丸が!」

きり丸、きり丸!


不破先輩の声に気付いた土井先生がすぐに山賊を取り押さえた。他の山賊は山田先生がしたのか縄で縛られている。きり丸の肩を揺さぶると「頭を殴られた、動かしてはいかん」と山田先生に止められた。きり丸、どうして。わたしをかばった、の?こんなの嬉しくない。こんなの、こんなの、こんなの、いやだ。いやだよ。頭の中にあの日の記憶がよみがえる。血で真っ赤になった父さんと母さん。この場所でわたしはたくさん失った。

そんなわたしにきり丸は、たくさん与えてくれた。


きり丸!


地面にずるりと倒れ込んだきり丸の胸から、かんざしが滑り落ちた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -