なんだろう。なんだか苦しい。なんだか、すごく恥ずかしい。

学園を出て街に着くまでわたしは緊張してしまって口を開けなかった。開いても声は出ないけどきり丸と土井先生なら口の動きでわたしの言いたいことが分かるから気に病むことはないのに、口が動かなかった。綺麗に纏めた髪が、紅を差したくちびるが、むず痒い。土井先生は可愛いよと言ってくれたけどきり丸は何も言ってくれなかった。それどころか目も合わせてくれない。…似合わないのかな。斉藤先輩は似合うよって言ってくれてたけど。そうだよね。わたしみたいな村娘にこんな綺麗な着物が似合う訳ないよね。

でも、落ち込むより、緊張する。わたしは今、きり丸と街を歩いてるんだ。


「きり丸、何処に行くんだ?」

「団子屋に。前にアルバイトしてから安く売ってくれるようになったんすよ」

「ほう…なまえは団子好きか?」

大好きですっ


きり丸、たくさんアルバイトしてるんだなあ。わたしもいつかアルバイトしてお金を貯めなきゃ。その時はきり丸に教えて貰おう。その前に声が出るようにしなきゃ。喋れない人を雇うお店なんて無いだろうし。わたしときり丸は並んで歩いていて、土井先生はその後ろをついて来ている。土井先生はわたし達の頭をぽんっと撫でるとにっこり笑った。


「私は山田先生へ土産に煎餅でも見てくるから、お前達だけで行ってきなさい」



「私はお邪魔みたいだしな」

「どっ、土井先生!」


土井先生はくすくす笑いながら人混みの中へ消えて行った。お邪魔って、それは、どういう意味かな。珍しく怒鳴ったきり丸を見つめる。きり丸はリンゴみたいに真っ赤な顔をしていた。そんなきり丸を見たら、何故だかわたしまで赤くなってしまいそうだった。きり丸がちらりとわたしを見る。それからまたちらりと視線を逸らした。どうしたものか。うつむいた瞬間だった。右手に熱くて痛い、感触。


きっきり丸!

「は、はぐれたら困るだろ」


右手をきり丸が掴んでいる。熱いのはもしかして、きり丸も緊張してるのかな。きり丸もわたしと同じ気持ちなのかな。そう思ったらつい笑ってしまった。きり丸が手を引いて歩き出す。きり丸の邪魔にならないようにしゃきしゃき歩いた。

土井先生と別れてしばらく歩いていたら、突然人混みから悲鳴があがった。反射的に目をやるとこんな街中なのに馬に乗った人が三人もいる。みんな質素な着物を纏って髪もグシャグシャでどこか傷だらけ。人混みはサッと道を開けて馬から離れた。馬に蹴られたらどうなるのかくらいはわたしも知っていた。こんなに人がいるところで馬に乗ってるなんて非常識な人。未だじっと眺めていたらきり丸に手を引かれた。


「落武者か賊か、関わったら面倒だから早く行こう」

うん

「見てんじゃねえぞ!」

「殺されてえのか!」


興奮してるのか男は叫んだ。街娘がキャアッと叫ぶ。きり丸が慌てたようにわたしの手を引いた。

だけどわたしは、動けなかった。


「…なまえ?」


この声、知ってる。聞いたことがある。忘れたくても忘れられない、絶対頭から離れてくれない声。夢にまで出てくる忌々しい影。いつ思い返しても真っ赤に染まる記憶。憎くて憎くて恨めしくて、いつか会ったなら絶対に赦さないと思ってた。

忘れるもんか。忘れられるもんか。あれは、あの男は。


「っば、なまえ!」


きり丸の手を払って走り出す。それから、わたしの記憶は薄れてる。それくらい興奮してたんだと思う。気が付いたら男に捕まっていた。男はあの日と変わらない気持ち悪い顔でニイッと笑った。

こいつを売ろう、と。

父さんと母さんの仇が、確かにそう言った。

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