静かであたたかくて本や木の匂いがする。わたしはこの一週間で(七日間を一週間っていうの、一昨日習った)図書室が大好きになった。まだまだ読めない漢字があるけど中在家先輩が丁寧に教えてくれるから本も大好き。初めての物語に毎日わくわくする。今日も中在家先輩におすすめされた本を読む。今日は頑張ってひとりで読んでみたいなあ。


「なまえちゃん、ちょっといい?」

なあに?


西洋のお話しだと教えてもらった『人魚姫』という本を読んでいたら怪士丸くんに肩を叩かれた。両手にたくさん本を持ってちょっと困った顔をしている。どうしたんだろう。本を閉じて怪士丸くんに近付いた。怪士丸くんはいつも顔色が悪いけど、でもいつも元気な男の子だ。同い年だからなのかすぐに仲良くなった。


「本をね、奥の棚に運ばなきゃいけないんだ。たくさんあるから手伝って欲しくて」

うん、いいよ

「え?あ、んっと…」


怪士丸くんは読唇術が解らない。わたしは頭の上に両手でわっかを作って「いいよ」という意味を伝えた。怪士丸くんはぱあっと笑う。それからカウンターにある本を持ってくるように言った。カウンターを見てみれば本の山がひとつ。わあお。今日の当番って怪士丸くんだけなんだっけ。これは怪士丸くんひとりじゃ大変だ。着物を捲っていくつか本を持ち上げた。怪士丸くんのあとを追って本を運んでいく。ふたりで三往復したら本は無くなった。久しぶりにした力仕事に少し手がぴりぴりしたけど、怪士丸くんが嬉しそうに笑うからわたしも嬉しかった。


「ありがとう、なまえちゃん」

どういたしまして

「…怪士丸、なまえちゃん…」


いつの間にか中在家先輩が後ろにいた。中在家先輩は持っていた包みをわたしと怪士丸くんに手渡す。なんだろう?怪士丸くんと顔を見合わせて、ふたりで包みを開けてみた。中から出てきたのは丸々した美味しそうなお饅頭だった。思わず跳び跳ねてしまいそうになったけど我慢。だって図書室は静かにしてなきゃいけないもの。だけど、食べるのもいけないんじゃなかったかな。中在家先輩ってそういうのきびしいんじゃないのかな。怪士丸くんも同じことを考えてたみたいでまた顔を見合わせた。


「…三人の秘密だ」

「いいんですか…?」

ありがとうございますっ


中在家先輩に頭を下げたら中在家先輩が笑った気がした。中在家先輩がカウンターに向かっていく。わたしと怪士丸くんはその場に座り込んで本棚に隠れて、くすくす笑いながらお饅頭を食べた。そう言えば初めて図書室に来た時も不破先輩がお菓子をくれた覚えがある。ほんとうはいけないことなのにみんな優しい。久しぶりに食べたお饅頭はすごく美味しかった。怪士丸くんが美味しかったね、と笑うのに対してこくこくと頷く。すると足音が聞こえてきた。中在家先輩じゃない。中在家先輩は足音を立てない。そういう練習をしたからだって教えてもらった。じゃあ、誰だろう。ふたりで音のした方を見るのと誰かがこっちを覗き込むのは同じだった。


「…座り込んで、何してんだ?」

「きり丸、アルバイトは?」

「終わったよ。…なまえ?」

「…きり丸なの?


現れたのは女の子だった。控えめの着物に控えめのお化粧の、可愛い子。だけど声がきり丸だし、つり目もきり丸のパーツだ。でもきり丸は男の子だからこんな女の子の格好なんてする訳ないし…。


「売り子のバイトだったんだよ。女の子の格好する方が売れるんだ。それより、ほら」

これって…かんざし?


きり丸が差し出したのはシンプルだけど可愛いかんざしだった。両手で受け取ってじっと見つめる。なんだろう。まさか、くれるのかな。怪士丸くんを見たら、怪士丸くんはニコッと笑ってカウンターの方へ行ってしまった。きり丸とわたしだけになった。…なんだかちょっとどきどきする。きり丸、女の子の格好してるのに変なの。


「それやるよ」

ほ、ほんとに?

「それ着けてさ、街に行こうよ。俺が案内するからさ」


かんざしをくれるだけじゃなくて、街にもつれてってくれる。きり丸は優しいなあ。嬉しいなあ。そう思ったら涙がこぼれた。きり丸が慌てて大きな声を出す。そしたら中在家先輩が怒ってた。

わたしは生まれて初めて、嬉し泣きをした。

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