「いらっしゃいいらっしゃい!ねえ旦那、ちょいと見てって下さいな」
からりと晴れた昼下がり。声を張り上げて客を呼び寄せようとする少女がひとり。だけど、実は『少女』じゃない。女装をした俺、摂津のきり丸である。今日は学園も休みだから朝から晩までアルバイトに没頭することにしたのだ。売り子は女の子の方が客が寄ってくる。売り上げが上がればアルバイト代も上がるかも知れない。自分がうえっへっへっと気味の悪い笑みを浮かべているのに気付いて顔を叩いた。近くにいた子供がくすくす笑う。母親に手を引かれて歩いてった。
「……」
ああいうのを見ると、今でもちょっと辛くなる。俺も昔はああやって母上や父上と町を歩いたものだった。最近じゃ町に来るのはアルバイトをする為か探す為、授業の為。土井先生と歩いたこともあるけど、それはもうずっと前の話だ。
「…いらっしゃい!見てって見てって!」
暗いことを考えるのは嫌だ。気分が悪くなる。他のことを考えよう。例えば、例えば。…浮かばない。声を張り上げながら何か無いかと悩んで、背丈のそう変わらない女の子を見つけた。ああそうだ、なまえのことでも考えよう。
なまえが学園に来てから今日で一週間が過ぎた。今頃はきっと図書室で中在家先輩と本を読んでるだろう。好奇心旺盛ななまえは何に対しても純粋で素直だった。知らないことや新しいことをすぐに吸収していき簡単な漢字はもう覚えている。字は…団蔵といい勝負なんだけど。だけど団蔵よりは記憶力がいい。は組にもすっかり溶け込んだしよく笑うようになった。
「…でもなあ…」
みんな気付いてることになまえは気付いてるのかな。なまえの目の下にクマが出来てること。まぶたが腫れてること。時々すごく哀しい目をして裏裏裏山の方を見てること。それは俺がどんなに話し掛けたって笑わせたって消えることはなかった。なまえは普段、強がって笑ってるんだ。何か、無いのだろうか。なまえの心を少しでも癒してあげられる何か。ふと周りを見て「あ」とこぼす。そうだ。なまえを町に連れて来よう。学園から出たことがないから町へ案内してあげよう。きっと喜ぶはずだ。
「きり子ちゃん」
「ひゃいっ!」
「ど、どうかしたかい?」
突然店主に話し掛けられて、びっくりして変な返事をしてしまった。慌てて口元を隠してをほほ、と笑って見せる。店主は不思議そうな顔をしていたけどすぐに笑った。
「用が出来たから今日は帰っていいよ。お金を渡すから中へ入って」
「はーい」
「あと、これ。頑張ってくれたご褒美にあげよう」
そう言って店主が俺に差し出したのは赤い石がワンポイントの綺麗なかんざしだった。そうか。店主は俺が男だとは知らないんだ。ちょっと申し訳無い、けど嬉しい。これを売ればちょっとはお金に…待てよ。かんざしをじっと見つめる。じっと、じっと。
「…きり子ちゃん?」
「旦那さん、早くお金ちょうだい。私早く帰らなきゃ!」
かんざしを握りしめてさっさと店に飛び込む。頭の中には図書室が浮かんでいた。