朝、肌を刺すような空気の冷たさで目が覚めた。冬の朝は遅く、燈台を着けてない部屋はまだ薄暗い。ゆるりと身体を起こしながら昨晩は雪が降っていたことを思い出した。これだけの寒さだ、積もっているのかも知れない。布団から出て障子を開ける。予想していた通り、そこには真っ白な世界が広がっていた。ふわふわと粉雪が舞っている。息を吐き出せば白く滲んだ。かの有名な清少納言の残した枕草子では冬はつとめて、つまり『冬は朝早い頃がよい』と記していたのを思い出す。確かにその通りだと思った。

装束に着替えて顔を洗う。まるで氷水のように冷たいそれは少し痛くも感じた。肩甲骨程までの髪を結い上げる。この城に仕える時に耳の下でばっさり切って、今ではこの長さになった。さて、常より少し早いけれど、主の許へ向かってみるか。これだけ寒いのだから火桶と炭を持って行こう。それが冬に似つかわしいと枕草子にも書いてあった。


「……」


主の部屋の前までやって来て足を止めた。部屋の中から人の気配がしない。開けっ放しだった障子を覗いてみると、やはり主はいなかった。ぐしゃぐしゃになった布団が虚しく見える。予想だが、雪が降っていることに興奮して部屋を飛び出したのだろう。だから布団がぐしゃぐしゃ、障子も開いたまま。主が雪に大興奮するのは毎年のことだ。火桶を部屋に置いて腕を組む。何処へ行ってしまわれたのか。ぱっと庭に視線を移した。

そこには、かなりでかい雪だるまがいた。目の部分には石が嵌まっており腕の代わりに枝が刺さっている。鼻にも小さな枝が刺さっているが口が無い。雪だるまはかなりの大きさがあるというのに、全然気付かなかった。私の胸くらいはあるだろうか。思わず呆然と眺めていたらギュ、ギュ、と雪を踏み締める音がした。見れば、寝間着の上に半纏を着ただけの少女が雪玉を転がしている。思わず溜め息を吐き出した。


「…なまえ」

「…おお!長次!」


なまえは雪玉から顔を上げると無邪気に笑った。頬と耳が真っ赤だ。きっと早くから遊んでいたのだろう。半ば呆れて視線を落として、目を見張った。なまえは裸足だった。驚く私を余所になまえは雪玉を転がしていく。大きな雪玉をひょいっと持ち上げた。余談だが私は彼女に力比べで勝ったことが無い。昔一度腕相撲をしたことがあるけれど粘りに粘った末負けてしまった。こんな乙女に負けるなんて思わなかったのだが…あれは今でも苦い思い出である。持ち上げた雪玉を、巨大雪だるまの隣にあった雪玉の上に乗せる。木から枝を折り鼻と口と腕を作った後小石で目を嵌めて見せた。


「出来た!見ろ長次!」

「……」

「こっちが私でそっちがお前だ」


こっち、とたった今作った雪だるまを指しそっち、と口の無い雪だるまを指す。合点がいった。彼女が『私』と称した雪だるまに口が無いのは私が無口だからだろう。これは嫌味でも皮肉でもない、なまえなりの精一杯の表現力の表れだ。悪気は一切無い。本人は上手く作れたと満足しているから何も言わないでおこう。手を差し出す。何の躊躇いも無く掴んできた手は小さく、とても冷たかった。


「…火桶を持ってきた…」

「ありがとう。じゃあ長次も温まろう、それがいい」

「…あぁ」


彼女がそれを望むのならそうしよう。緩やかに瞬いて頷いた。なまえより先に部屋に入り火桶の用意をする。それからぐしゃぐしゃの布団を片付けて、我に帰る。なまえは寝間着だった。着替えるよう促して几帳の裏に控える。いくら私が部下だとは言え、彼女は些か無防備過ぎやしないだろうか。

忍術学園を卒業して五年。この城に────主であるなまえに仕えて、もう五度目の冬を迎えた。


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