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「うん、これなら大丈夫」
「ケケケ、当たり前だ」
土曜日の昼下がり、泥門デビルバッツの部室にて。酸素カプセルに入ったままスイスイ移動するヒル魔くんを見てつい笑ってしまった。この人の意地と言うか根性と言うか、半端じゃない。見た目は悪魔なのに中身は熱血漢なんて想像出来ないよほんと。
神龍寺ナーガを破った泥門デビルバッツは、王城ホワイトナイツにも打ち勝ち、続いて白秋ダイナソーも蹴落とした。次に当たる帝黒アレキサンダースとは決勝戦になる。無名だったチームがここまで行くとは、人生って分からないものだ。だけど白秋との試合で泥門は痛手を負った。司令塔であるヒル魔くんが利き腕を折られてしまったのだ。まあ、それでも、ヒル魔くんは戦った。折れた腕にテーピングを巻いただけのヒル魔くんはフィールドに戻り、最後まで戦って見せた。この人は本当にすごい。私は医務室へ運ばれた時のヒル魔くんを思い出した。汗だくで真っ青で、そのくせ目はギラギラしていた。
心配になった私は医務室へ飛び込んだ。そこにはテーピングを巻き終えたヒル魔くんが苦しそうにしていた。外の廊下でまもりが泣いていたけど、声を掛けることは出来なかった。ヒル魔くんは私を真っ直ぐ見詰めて口を開いた。
「…え?」
「鎮痛剤だ。持ってんだろ」
「あるけど…今から使っても効くのは遅いし」
「構わねえ。寄越せ」
「…鎮痛剤は痛みを消す訳じゃなくて身体を騙すだけだよ。薬が切れたら蓄積した分の痛みが」
「いいから黙って寄越せ!」
威嚇する猫みたいに息をフーッと荒くさせてヒル魔くんは叫んだ。そんなヒル魔くんに薬の服用をやめさせることなんか、出来なかった。
薬が効いたのかはたまたヒル魔くんの意地か、何にせよ試合は勝つし無事に終わるしで良かった良かった。相手が白秋だって分かった時点でヒル魔くんに言われていたのだ。次の試合にはテーピングと鎮痛剤を持ってこい、って。この悪魔は未来を視る力でもあるのか。二度と敵に回したくないね。出されたコーヒーを飲みながら苦笑した。
「ふう…」
「あ、お疲れ」
「お疲れ。ヒル魔くんの腕はどう?」
「全然平気!回復力が人間離れしてる」
休憩中に入ったのかジャージ姿のまもりが部室に入って来た。午前中は見たけど、私はヒル魔くんの腕の具合を見たから午後は練習風景を見てない。オールスターが揃ってるのに勿体ないことである。
「みんなの調子はどう?」
「いい感じ。セナと進くんなんて言葉じゃ言い表せない」
試合前のヒル魔くんの契約により太陽スフィンクス・盤戸スパイダーズ・西部ガンマンズ・巨深ポセイドン・王城ホワイトナイツ・白秋ダイナソーのトップスター達が泥門デビルバッツのマンツーマンコーチに来ているのだ。あ、勿論神龍寺ナーガもいるよ。雲水と一休と山伏さんが。阿含は…来る訳ないでしょう。
阿含は神龍寺に残ってトレーニングをしている。もしかしたら街で遊んでるかも知れないけど、でもここに来る前はトレーニングしてた。以前の阿含じゃ考えられないことだ。
「糞マネ、こいつに例の、渡せ」
「はいはい。ほら名前」
「…え?これって…」
まもりから手渡されたのは真っ赤な…鈴音ちゃんが着てる、デビルバッツチアガールのユニフォームだった。しかし意味が分からない。何故私にチアのユニフォームを渡した?まもりは苦笑、ヒル魔くんは爆笑していた。ん?なんだこの空気。ヒル魔くんはそれはそれは愉快そうにユニフォームを指差した。
「糞偽女、それを着やがれ」
「ハアアアア!?」
「うちのバカ共の士気が上がる」
「い、嫌に決まってるじゃん!これめっちゃミニスカだしお腹も出てるやつだし恥ずかしい!」
「ケケケ、契約書は絶対だ」
「あれって私も込み!?でも私は医療的な面でのバックアップを」
「マスコミ」
ビクリ、私の身体が揺れた。
「マスコミから守ってあげたのは誰だったかなァ?いやァ結構大変だったんだよ実は!それでも君がお願いするもんだから僕も頑張って頑張って…それなのに着てくれないのか〜そうか〜。ああそうだ、僕3秒でマスコミに繋がる不思議な携帯を持ってるんだよねェなんだか今すぐマスコミに電話したくなってきたなァ今ならなんだか君のことを全国放送で流して貰うように口を滑らせちゃうかも」
「着させて頂きます!」
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