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関東、悲願の初優勝。
44対45で泥門デビルバッツの勝利。

会場の沸き上がりようと言ったら凄まじかった。観客席から人が一気に雪崩れ込んでいって、それはそれはもうすごかった。警備員が必死に止めていたけど興奮した人達を止めることなんか、できっこなかった。無理もない。無名だった泥門があの無敵の帝黒アレキサンダースを破ったのだから。モン太くんのキャッチは勿論、セナのランも、ヒル魔くんの奇策も、栗田くんのカバーも、何より武蔵くんのキックも、全部が夢みたいなプレーだった。武蔵くんの60ヤードマグナムなんかだたのハッタリだと思ってたのに、ラスト1秒しかないあの緊迫した場面で、よく出来たものだと思う。なんだか不思議。ほんとうに夢みたいだ。感動するより不思議な気持ちが勝って、私は動けなかった。

俄王くんから片手でぶぽいっと胴上げされてるヒル魔くんを見てハッとする。そうだ。私も胴上げしてあげよう。私だってずっとみんなと一緒に練習してたんだから胴上げする権利くらいある筈。それからみんなにちゃんとおめでとうって言わなきゃ。まもり、きっと泣いてるんだろうな。セナも泣いてるんだと思う。俄王くんがねじ切った観客席の手すりを掴む。ここから飛び降りられるかな。いけるかな。…みんなに出来たんだ、私にも出来る。意を決して、私は観客席からフィールドへと飛び降りた。



「おっと!」



華麗に着地する筈だった私は、何故だかお姫様抱っこの形になって空中で止まった。いや、もっと詳しく言えば誰かに受けとめられた。誰だろう、男の人の声だった気がする。ぐわんぐわんする頭を動かしながら視線を上げていくと、上品な黒のユニフォームが目に入った。これは、確か、帝黒の。更に視線を上げる。サングラスをかけた男子が、にっこりと笑っていた。



「女の子が降ってくるなんてラピュタみたい。大丈夫?」

「…ごめんなさい…ちょっと、具合が悪くて」

「あ、マジだ。君熱があるよ」



男子は私のおでこに自分のおでこをくっ付けてきた。まさかそんな馴れ馴れしいことをされるとは思わなくてかなりびっくりしたけど、身体は言うことを聞いてくれなかった。私は見事に風邪を引いてしまっていたのだ。

原因は昨日の夜に遡る。葉柱くんに神龍寺まで送って貰った私は部屋に帰るのはなんだか物凄く悔しく思えて、部室で一夜を過ごしたのだった。このクソ寒い日に防寒具なんか何も無い部室で一夜を。その結果、高熱に頭痛に鼻水が止まらないという典型的な風邪を引いてしまったのである。それでもこの試合だけは観たくて頑張って来たんだけど、そろそろ限界が近い。男子は私をしっかり抱き抱えると、少し強めに抱き締めてきた。ちょっと苦しい。見上げると、何故だか周りに人がいた。女の子と、男の子。…確か、小泉花梨ちゃんと、大和猛くんだ。



「わわ、顔が真っ赤やわ…はよう温めんと」

「天間氏、早く彼女を室内へ連れて行こう」

「待ちなって大和。君、名前だろ?神龍寺に通ってる女の子」

「…はい、そうです…」

「じゃあ神龍寺の奴らに届けた方がいいか…それとも、俺が温めた方がいい?」

「名前さん!」



不意に聞き慣れた声に名前を呼ばれた。これは、雲水だ。ゆるゆると首を動かして見れば雲水と山伏さんがこっち向かって走って来ていた。さっきさっさとフィールドに飛び込んで行っちゃったくせに置いてきぼりにしたくせに、なんなんだよ一体。大和くんが「天間氏」と呼んだ男子を見上げる。ああそうだ、思い出した。この人、天間童次郎さんだ。元神龍寺生。山伏さんの腕に掴まってふらふらと立ち上がりながら、私は天間さんを正面から見つめた。



「お、山伏じゃん。久し振り」

「…天間、お前は相変わらずだなぁ」

「何が?それより、その可愛い子紹介してくんね?神龍寺ってむさ苦しいばっかりだと思ってたぜ」

「こいつはやめとけ、死ぬぞぅ」

「死ぬ?はは、何それ」



天間さんはクスクスっと楽しそうに笑っていた。駄目だ。私、この人キライ。入学して三日で神龍寺を辞めて、それで帝黒に入ったって聞いて軽蔑した。信じられない。理由が『女の子がいないから』って、バッカみたい。あの阿含だって辞めたりなんかしなかったのに。深呼吸をすると頭がずっしり重くなったような気がした。あああ怠い、座りたい、横になりたい。もうきつい。山伏さんの腕に強くしがみつくと、気付いた雲水が肩を支えてくれた。



「タクシーを呼ぶから名前さんはもう帰った方がいい。俺が付き添うよ」

「うん…ごめんね」

「俺が付き添おうか?」



ぐいっと手を引かれて大きくよろめく。顔を上げると天間さんがいて、私は天間さんから腰と肩を支えられていた。近い、ってゆうか、触らないで欲しい。気持ち悪い。体調が万全ならぶっ飛ばしてやるのに。嫌だ嫌だ嫌だ、私に触っていいのはひとりだけなんだ。

突然、天間さんの後ろに何かが降ってきた。観客席から誰か飛び降りたらしい。花梨ちゃんと大和くんが目を見張ってるのが分かる。後ろにいる山伏さんと雲水がヒッと息を詰まらせたのも分かった。だから、なんとなく、分かった。天間さんの胸を押し返す。その瞬間、天間さんの後ろから伸びてきた手が天間さんの頭を鷲掴んだ。天間さんの顔が青ざめていくのが、物凄く面白かった。



「…汚ねえ手で触んじゃねえぞ」



来るのが遅いんだよ馬鹿。そう呟いたのを最後に、私はその場に座り込んでしまった。

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